日蓮と関連年表 遺文・曼荼羅一覧を見る前に

【 凡例 】

一、遺文資料

 

「昭和定本日蓮聖人遺文一巻~四巻」

(立正大学日蓮教学研究所編纂 平成12428日 改訂増補第三刷 身延山久遠寺発行)

 

「平成校定日蓮大聖人御書一巻~三巻」

(宗旨建立七百五十年慶祝記念出版委員会編纂 平成14428日 大石寺発行)

 

 

一、遺文の系年、掲載順は「昭和定本日蓮聖人遺文」に依り、系年変更の必要があると思われる書については筆者の判断により変更しました。

 

 

一、曼荼羅資料

 

「御本尊集目録」

(山中喜八氏編著 改訂増補四版 平成27月 立正安国会発行)

 

「日蓮聖人真蹟の世界」

(山中喜八氏著 立正安国会編纂 平成41020日 雄山閣出版)

 

「御本尊鑑 遠沾院日亨上人」

(身延33世・遠沾院日亨の記録 藤井教雄氏編集 昭和451121日 身延山久遠寺発行)

 

「日蓮聖人真蹟の形態と伝来」

(寺尾英智氏著 平成9320日 雄山閣出版)

 

 

一、「昭和定本日蓮聖人遺文」の構成(同書一巻「凡例」P1より)

 

第一輯(しゅう) 正編

著述・消息にして真蹟現存するもの、真蹟現存せざるも真撰確実なるもの、真偽確定せざるも宗義上・信仰上・伝統的に重要視さるるものを収めた。

 

第二輯 続編

著述・消息にして真偽の問題の存するもの、其の他を収めた。

 

第三輯 図録

図表及び要文抄録の類を収めた。

 

第四輯 断簡

新発見の著述・消息の真蹟断片にして第一輯に編入せざるものを収めた。

 

第五輯 講記

御義口伝・日向記の二書を収めた。

 

 

一、「平成校定日蓮大聖人御書」の構成(同書一巻「凡例」P6より)

 

第一輯 正編

著述及び消息を編年順に配列して収めた。

 

第二輯 相伝書

古来公開されている第二祖日興上人への直授の相伝書十編を収めた。

 

第三輯 講義

日蓮大聖人の講義二編を収めた。

 

第四輯 図録

図表及びそれに類するものを収めた。

 

第五輯 断簡

真蹟断片を大石寺本末所蔵分、他寺等所蔵分の順に収めた。

 

付録 真偽未決書

著述及び消息のうち、真偽未決のものを収めた。

 

 

一、引用遺文「要文」の文体は各遺文に従いながら、読みやすくするために改行、句読点を加えました。

 

 

一、遺文、曼荼羅は、底本掲載のものはそのまま掲載してあります。

 

 

一、現時点(平成21)で真蹟がなく写本のみの遺文については、資料内では「真蹟なし」と表示しました。尚、従来の学説通り「日蓮の一弟子六人=六老僧」等の高弟による古写本については「真蹟」に準じています。また、「身延山曽存」も同様です。

 

 

※「御本尊鑑 遠沾院日亨上人」

身延山中興三祖とされる33世・遠沾院日亨[1646年・正保3年~1721年・享保6]が身延在位中に、身延西土蔵の日蓮曼荼羅24幅を始め、中山、佐渡所蔵の日蓮曼荼羅を拝写した記録 。

 

【 遺文一覧の見方 】

 

◎「四條金吾殿御返事(八風等真言破事)

(2-245P1301、校2-261P1353、全P1150、新P1117)

身延・四條金吾

真蹟1(343)断簡・京都府京都市上京区新町通鞍馬口下ル下清蔵口町 妙覚寺蔵

真蹟1(273)断簡・東京都大田区池上 池上本門寺蔵

真蹟・身延山久遠寺曽存(意、遠録等)

2 満下221

録外14-20 受1-6 遺22-31 縮1544

 

*本満寺本「四條金吾殿御返事=八風等真言破事」

平成校定「四條金吾殿御返事(八風等真言破事) (八風抄)

全集「四條金吾殿御返事(八風抄)

 

< 系年 >

昭和定本・全集「建治3年」

平成校定「建治34月」

 

*八風

賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり。利(うるおい)・衰(おとろえ)・毀(やぶれ)・誉(ほまれ)・称(たたえ)・譏(そしり)・苦(くるしみ)・楽(たのしみ)なり。をゝ心(むね)は利あるによろこばず、をとろうるになげかず等の事なり。此の八風にをかされぬ人をば必ず天はまぼ()らせ給ふなり。しかるをひり(非理)に主をうらみなんどし候へば、いかに申せども天まぼ()り給ふ事なし。

 

以上、引用「例」

 

以下は「例」の解説

 

◎「昭和定本による書名(異称・略称)

(昭和定本掲載の巻数―遺文番号・ページ数、平成校定掲載の巻数―御書番号・ページ数、日蓮大聖人御書全集掲載のページ数、平成新編日蓮大聖人御書掲載のページ数)

 

著作地・対告衆

 

真蹟現存の形態・所在地

(寺院の住所は「平成の大合併」以降のものに改めました。ただし、数箇寺については現住所が判明しませんでした。尚、個人所蔵については、この資料では苗字のみとし、詳細な住所表記も略しました)

 

写本

 

刊本等

 

*主に「昭和定本」

「平成校定」

「全集」での書名の違いを記しました。

 

*同じく「昭和定本」

「平成校定」

「全集」での系年の違いを記しました。

 

尚、系年、日付の明らかなものは「620日」等、日付の下に「昭和定本」の「御書名」以下を記す。系年の明らかでないものは上記「例」のように◎表記としました。

 

文中、頻繁に出てくる「真蹟・身延山久遠寺曽存」とは、その真蹟の大半は身延山に存在していたものの、1875年・明治8110日の身延山大火により焼失してしまったものです。

 

筆者のコメントについては、⇒以下に記す。

 

 

一、日蓮の誕生、修学、立教、法難等について、後年、日蓮自身が述懐しているもの、当時の状況を記した一説を◇の表記以降に、「遺文名」「真蹟・写本の別」「当該文章」の順に引用しました。

 

 

一、この一覧は日蓮誕生の前年、承久3年(1221)より始まり、日蓮入滅の弘安5年(1282)で終了しています。

 

各年代の冒頭に「天皇」「執権」を記しました。

 

「天皇」の「後深草天皇(1246[寛元4]129日~1259[正元元年]1126)」等は「在位期間」を記しました。

 

「執権」の「北条時頼(1246[寛元4]1256[康元元年])」等も「在職期間」を記しました。

 

 

一、一覧では日蓮遺文を編年体で記すと共に、「日蓮宗年表」「富士年表」等の記述も参考として引用しました。その他「一般年表」をもとに歴史的事件、社会事象も加えてあります。

 

もちろん各年表に「人物伝」「事蹟」として記されたことを、そのまま無条件で受け入れるわけではありません。筆者としては「このような伝承がある」という「参考」として引用しました。煩雑になるので一部を除き、それら「伝承」に対する考察はしておりません。 

【 断簡 】

昭和定本「断簡NO1NO199」は「三巻」収載。

 

昭和定本「断簡NO200NO392」は「四巻」収載。

 

平成校定「断簡NO1NO305」は「三巻」収載。

 

 

一、本資料での「例」

 

299 文永 1

三重県桑名市東方 円妙寺蔵(P2970)

174P2699

 

以上「例」

 

以下、解説

 

昭和定本断簡NO  文永期の書と推定  1

所蔵寺院または個人 (昭和定本収載ページ)

平成校定断簡NO・平成校定収載ページ

 

【 脚註での略符 】

定・・昭和定本日蓮聖人遺文

 

校・・平成校定日蓮大聖人御書

 

全・・日蓮大聖人御書全集 創価学会版 堀日亨編

 

新・・平成新編日蓮大聖人御書 同書編纂会 大石寺

 

平・・平賀本

 

宝・・三宝寺本

 

満・・本満寺本

 

浅・・浅井要麟

 

遺・・高祖遺文録

 

稲・・稲田海素

 

延・・延山録外(全四冊、身延26世・日暹[にっせん]が身延山所蔵真蹟の一部を模写したものか)、又は延山本

 

境・・境妙庵目録

 

刪・・祖書綱要刪略

 

縮・・霊艮閣版日蓮聖人御遺文

 

続・・祖書続集

 

受・・他受用御書

 

表・・日蓮宗年表、稲田海素編

 

鈴・・鈴木一成

 

諦・・祖書目次日諦編

 

内・・録内御書

 

堀・・堀日亨

 

宮・・宮崎英修

 

纂・・類纂高祖遺文録

 

聖・・日蓮正宗聖典

 

宗全・・日蓮宗宗学全書

 

富要・・富士宗学要集

 

明・・新撰祖書・・日明編

 

山・・山川智応

 

啓・・録内啓蒙

 

外・・録外御書

 

意録・・大聖人御筆目録 日意筆

 

遠・・身延山久遠寺蓮祖御真翰入函次第 日遠筆

 

意録・・御書並聖教目録 日筵筆

 

乾録・・身延久遠寺御霊宝記録 日乾筆

 

亨録・・西土蔵宝物録 日亨筆

 

新註・・安国論新註 日英筆

 

聖研・・日蓮聖人の研究 山川智応著

 

十講・・日蓮聖人伝十講 山川智応著

 

対照記・・御遺文対照記 稲田海素著

 

断註・・真蹟断片抄註 鈴木述(清水先生古稀記念論文集載)

 

奠録・・身延久遠寺蓮祖御真翰入函之次第 日奠筆

 

波考・・波木井南部氏事跡考 宮崎英修著

 

興・・日興筆本

 

目・・日目筆本

 

時・・日時筆本

 

主・・日主筆本

 

俊・・日俊筆本

 

舜・・下之坊日舜筆本

 

朝・・日朝筆 富久成寺蔵本

 

尊・・日尊筆 富久成寺蔵本

 

澄・・日澄筆本

 

順・・日順筆本

 

信・・信伝筆 法華本門寺根源蔵本

 

代・・日代筆本

 

存・・日存筆本

 

亀・・元亀本

 

金・・金剛集

 

集成・・日蓮聖人門下歴代大曼荼羅本尊集成

 

日常目録・・「常修院本尊聖教事」

1299年・永仁736日付け、富木日常(常忍)が作成した若宮法華寺の本尊聖教の目録。

記載の大部分は日常より法華寺へと伝来されたもの。

 

日祐目録・・「本尊聖教録」

1344年・康永329日付け、法華経寺3世・日祐が作成した法華寺・本妙寺の本尊聖教の目録。記録中「本妙寺分」については、大部分が太田乗明と2世・日高により本妙寺へ伝来されたもの。日祐目録作成時には「法華寺分」と共に同一の箱に入れられて、本妙寺の宝蔵に納められた。

 

※一覧では、「立正大学日蓮教学研究所」「宗旨建立七百五十年慶祝記念出版委員会」による脚註をそのまま引用しましたが、それは両者の「脚註」「解説」等が「100%正しい」「誤りはない」と保証するものではありません。

 資料中では、「底本」「参考」とした関係上、両者の「説」をそのまま引用したものです。 

 

※日興本について

従来、大石寺蔵「御筆集」二巻については日興書写本とされてきましたが、小林正博氏は論考「大石寺蔵日興写本の研究」(2008年「東洋哲学研究所紀要」24)にて、大石寺蔵「御筆集」二巻と宮城県妙教寺蔵・日目所持本「法華題目抄」の筆跡が一致することを指摘され、「御筆集」二巻は確実な日興の文字と比較すると別人である可能性をぬぐいきれない、と解説されています。(趣意)

 

小林氏の指摘に続き、坂井法曄氏は論考「日興写本をめぐる諸問題について」(興風21号P229)にて、筆跡鑑定と詳細な考察を重ね以下のように結論しています。

「以上、小林氏が対照した以外で特徴的な文字を抽出し対照したが、結果を総括していえば、『おも』の書体は、決定的な相違であり、その他、日興が日蓮在世中から晩年にかけて使用した『經』の字体が、AB本、日目所持本には見られないこと、さらにAB本、日目所持本に見られる特徴的な字体『師』『者』『家』が、日興の筆跡には見えないことなど、『御筆集』AB本と日目所持本『法華()題目抄』が同筆であることは疑いないが、これを日興筆とするには無理があり、年代的な隔たりを考慮しても、別人の筆である可能性は極めて高いといわなければならない。」

 

このような指摘を踏まえ、大石寺蔵「御筆集」による日興書写本については、「日興本」に続けて(要検討)を表記しました。 

 

【 曼荼羅の相貌 】

この資料では、日蓮図顕曼荼羅を年代順にリスト化し、その相貌を記しました。各曼荼羅の「備考」については「御本尊集の解説」に基づき、若干のコメントを加えました。

 

相貌座配の記載順は以下の通りです

 

首題 自署花押 釈迦仏 多宝仏 分身仏 善徳仏 胎蔵大日 金剛大日 上行菩薩 無辺行菩薩 浄行菩薩 安立行菩薩 文殊菩薩 普賢菩薩 弥勒菩薩 智積菩薩 薬王菩薩 舎利弗 目連 迦葉 迦旃延 須菩提 不動明王 愛染明王 梵天、帝釈天 持国天 増長天 広目天 毘沙門天 四天王 日天 月天 衆星天 明星天 第六天魔王 天照太神 八幡大菩薩 転輪聖王 龍樹 世親 天台大師 章安大師 妙楽大師 伝教大師 阿修羅王 十二神将 八大龍王 龍女 鬼子母神 十羅刹女 提婆達多 阿闍世王

 

記載例

曼荼羅については以下のようにリスト化しました。

 

2

曼荼羅(31)を図顕する

*顕示年月日

建治二年太才丙子二月 日

*授与

釈日与授之

*讃文

仏滅後二千二百二十 余年之間一閻 浮之内未曽図 画大漫荼 羅也

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 南無十方分身諸仏 南無善徳如来 南無上行菩薩 南無無辺行菩薩 南無浄行菩薩 南無安立行菩薩 南無文殊師利菩薩 南無普賢菩薩 南無弥勒菩薩 南無薬王菩薩 南無舎利弗等 南無迦葉等 不動明王 愛染明王 大梵天王 持国天王 増長天王 広目天王 毘沙門天王 千眼天王 大日天王 大月天王 四輪王 南無龍樹菩薩 南無天台大師 南無妙楽大師 南無伝教大師 阿修羅王等 龍王等 鬼子母神 十羅刹女

*寸法

96.7×51.8㎝ 3枚継ぎ

*備考

・文永年間の曼荼羅は、自署と花押とが左右に分立。

・建治期になると両者は相接するようになり、ついで結合して一体となる。

(31)以降は自署・花押の分離は認められない。

*所蔵

兵庫県尼崎市開明町 本興寺

 

以上、引用

 

(31)とは「御本尊集」での曼荼羅NOのことです。

【 日蓮真蹟の類別 】

山中喜八氏

「房総に現存する日蓮聖人の自筆文書について」

『日蓮 房総における宗派と文化』(1980年 千秋社)

・大曼荼羅

・御書及び御書断片

・断簡

・注法華経

・要文集

・要文断片

・親写本

 

中尾堯氏

「日蓮聖人御真蹟に見る料紙の用法」

『棲神』65号 1993

・曼荼羅本尊

・著書

・書状

・写本、要文

・図表

 

寺尾英智氏

『日蓮聖人真蹟の形態と伝来』(1997年 雄山閣)

・曼荼羅本尊

・著作

・書状

・弟子、信者の名前で代筆した文書

・講義用の図録

・注法華経

・要文集

・写本

・その他

 

【 釈迦と日蓮 】

 

*遺文のリストには、併せて「釈尊と日蓮」「本尊、法華経、宝前」をキーワードに、更には主要なる法門を記された御文を要文として抜粋しました。  

 

*「方便品第二」には仏出現の目的が述べられています。

 

諸仏世尊は、唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう。舎利弗、云何なるをか、諸仏世尊は唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもうと名くる。諸仏世尊は、衆生をして仏知見を開かしめ清浄なることを得せしめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして仏知見を示さんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして仏知見を悟らせめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして仏知見の道に入らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。舎利弗、是れを諸仏は唯一大事因縁を以ての故に世に出現したもうとなづく。

 

仏・諸仏の出世の目的、一大事の因縁即ち仏・諸仏の究極の目的とするところは、衆生の仏知見(仏性)を「開き」「示し」「悟らせ」「仏道・正道に入らせ歩ませる」ところにあるという「開示悟入」の教示です。

 

 

*「如来寿量品第十六」では「主師親の三徳」を明かします。

 

爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、

我仏を得てより来 経たる所の諸の劫数

無量百千万 億載阿僧祇なり

常に法を説いて 無数億の衆生を教化して

仏道に入らしむ 爾しより来無量劫なり

衆生を度せんが為の故に 方便して涅槃を現ず

而も実には滅度せず 常に此に住して法を説く

我常に此に住すれども 諸の神通力を以て

顛倒の衆生をして 近しと雖も而も見ざらしむ

衆我が滅度を見て 広く舎利を供養し

咸く皆恋慕を懐いて 渇仰の心を生ず

衆生既に信伏し 質直にして意柔軟に

一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜まず

時に我及び衆僧 倶に霊鷲山に出ず

我時に衆生に語る 常に此にあって滅せず

方便力を以ての故に 滅不滅ありと現ず

余国に衆生の 恭敬し信楽する者あれば

我復彼の中に於て 為に無上の法を説く

汝等此れを聞かずして 但我滅度すと謂えり

我諸の衆生を見れば 苦海に没在せり

故に為に身を現ぜずして 其れをして渇仰を生ぜしむ

其の心恋慕するに因って 乃ち出でて為に法を説く

神通力是の如し 阿僧祇劫に於て

常に霊鷲山 及び余の諸の住処にあり

衆生劫尽きて 大火に焼かるると見る時も

我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり

園林諸の堂閣 種々の宝をもって荘厳し

宝樹華果多くして 衆生の遊楽する所なり

諸天天鼓を撃って 常に衆の妓楽を作し

曼陀羅華を雨らして 仏及び大衆に散ず

我が浄土は毀れざるに 而も衆は焼け尽きて

憂怖諸の苦悩 是の如き悉く充満せりと見る

是の諸の罪の衆生は 悪業の因縁を以て

阿僧祇劫を過ぐれども 三宝の名を聞かず

諸の有ゆる功徳を修し 柔和質直なる者は

則ち皆我が身 此にあって法を説くと見る

或時は此の衆の為に 仏寿無量なりと説く

久しくあって乃し仏を見たてまつる者には 為に仏には値い難しと説く

我が智力是の如し 慧光照すこと無量に

寿命無数劫 久しく業を修して得る所なり

汝等智あらん者 此に於て疑を生ずることなかれ

当に断じて永く尽きしむべし 仏語は実にして虚しからず

医の善き方便をもって 狂子を治せんが為の故に

実には在れども而も死すというに 能く虚妄を説くものなきが如く

我も亦為れ世の父 諸の苦患を救う者なり

凡夫の顛倒せるを為て 実には在れども而も滅すと言う

常に我を見るを以ての故に 而も・恣の心を生じ

放逸にして五欲に著し 悪道の中に堕ちなん

我常に衆生の 道を行じ道を行ぜざるを知って

度すべき所に随って 為に種々の法を説く

毎に自ら是の念を作す 何を以てか衆生をして

無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと

 

偈文では「我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり」と「主の徳」を、「常に法を説いて 無数億の衆生を教化して」と「師の徳」を、続いて「我も亦為れ世の父」と「親の徳」を明かします。

 

この「主師親の三徳」を備えた者こそが、「諸の苦患を救う者なり」との「仏」であることを示しています。

 

そして、仏は「毎に自ら是の念を作す 何を以てか衆生をして 無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと」と説かれるように、一切衆生をして成仏得道せしめるために絶えることなく説法教化し、人間として慈悲の振舞いを示しています。

 

 

*日蓮は法華経の説示を踏まえ、その存命中に釈尊をどのように認識し、信仰上、教義上の位置付けを行ったのか。対告者に応じてどのような教示をしたのか。更に「今から未来へ生きる私達」はその文をどのように読み、「次の千年、未来への展開」を行うべきなのか。仏教の「新たなる展開」はいかにあるべきか。

 

基本的なことを改めて認識すると共に、次の展開を思考する為「釈迦と日蓮」の要文を記しました。資料をお読みくださる皆様には参考にして頂ければと思います。

 

 

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