日蓮遺文・法華経の行者、上行菩薩 10

法華経の行者

末代悪世、法華経の行者を供養する功徳

建治元年(1275)616日「国府尼御前御書」(真蹟)

法華経第四法師品に云はく「人有って仏道を求めて一劫の中に於て合掌して我が前に在って無数の偈を以て讃めん。是の讃仏に由るが故に無量の功徳を得ん。持経者を歎美せんは其の福復彼に過ぎん」等云云。

文の心は、釈尊ほどの仏を三業相応して一中劫が間ねんごろに供養し奉るよりも、末代悪世の世に法華経の行者を供養せん功徳はすぐれたりとと()かれて候。まこと()しからぬ事にては候へども、仏の金言にて候へば疑ふべきにあらず。

其の上妙楽大師と申す人、此の経文を重ねてやわ()らげて云はく「若し毀謗(きぼう)せん者は頭七分に破れ、若し供養せん者は福十号に過ぎん」等云云。

釈の心は、末代の法華経の行者を供養するは、十号具足しまします如来を供養したてまつるにも其の功徳すぎたり。

又濁世に法華経の行者のあらんを留難をなさん人々は頭七分にわ()るべしと云云。(P1062)

 

法華経の行者

山中にう()えし()にゆくべき法華経の行者・日蓮

建治元年(1275)72南条殿御返事」(真蹟)

在世の月は今も月、在世の花は今も花、むかしの功徳は今の功徳なり。その上、上一人より下万民までににくまれて、山中にう()えし()にゆべき法華経の行者なり。これをふびんとをぼして山河をこえわたり、をくりたびて候御心ざしは、麦にはあらず金(こがね)なり、金にはあらず法華経の文字なり。(P1079)

 

上行菩薩

釈迦は妙法蓮華経の五字を上行菩薩に譲る

末法には上行菩薩が出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に授ける

建治元年(1275)712高橋入道殿御返事(加島書)(真蹟)

我等が慈父大覚世尊は、人寿百歳の時中天竺(ちゅうてんじく)に出現しましまして、一切衆生のために一代聖教をとき給ふ。仏在世の一切衆生は過去の宿習有って仏に縁あつかりしかば、すでに得道成りぬ。我が滅後の衆生をばいかんがせんとなげき給ひしかば、八万聖教を文字となして、一代聖教の中に小乗経をば迦葉尊者にゆづり、大乗経並びに法華経・涅槃等をば文殊師利菩薩にゆづり給ふ。

(ただ)し八万聖教の肝心・法華経の眼目たる妙法蓮華経の五字をば迦葉・阿難等にもゆづり給はず、又文殊・普賢・観音・弥勒・地蔵・竜樹等の大菩薩にもさづ()け給はず。此等の大菩薩等ののぞ()み申せしかども仏ゆるし給はず。大地の底より上行菩薩と申せし老人を召しいだして、多宝仏・十方の諸仏の御前にして、釈迦如来七宝(しっぽう)の塔中にして、妙法蓮華経の五字を上行菩薩にゆづり給ふ。

其の故は我が滅後の一切衆生は皆我が子なり、いづれも平等に不便にをもうなり。しかれども医師(くすし)の習ひ、病に随ひて薬をさづくる事なれば、我が滅後五百年が間は迦葉・阿難等に小乗経の薬をもって一切衆生にあたへよ。次の五百年が間は文殊師利菩薩・弥勒菩薩・竜樹菩薩・天親菩薩等、華厳経・大日経・般若経等の薬を一切衆生にさづけよ。

我が滅後一千年すぎて像法の時には薬王菩薩・観世音菩薩等、法華経の題目を除いて余の法門の薬を一切衆生にさづけよ。

末法に入りなば迦葉・阿難等、文殊・弥勒菩薩等、薬王・観音等のゆづられしところの小乗経・大乗経並びに法華経は、文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず。所謂(いわゆる)病は重し薬はあさし。其の時上行菩薩出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし。

其の時一切衆生此の菩薩をかたき()とせん。所謂さる()のいぬ()をみるがごとく、鬼神の人をあだ()むがごとく、過去の不軽菩薩の一切衆生にの()りあだ()まれしのみならず、杖木瓦礫(じょうもくがりゃく)にせめられし、覚徳比丘が殺害に及ばれしがごとくなるべし。(P1083)

 

*上行菩薩の御加被をかほり、法華経の行者

日蓮は上行菩薩の御かび(加被)をかほりて法華経の題目を弘める者である

経文通りの現証により、日蓮は法華経の行者である

「高橋入道殿御返事(加島書)(真蹟)

其の時十方世界の大鬼神一閻浮提に充満して四衆の身に入り、或は父母をがいし、或は兄弟等を失はん。殊に国中の智者げなる持戒げなる僧尼の心に此の鬼神入って、国主並びに臣下をたぼら()かさん。此の時上行菩薩の御かび(加被)をかほりて法華経の題目南無妙法蓮華経の五字計りを一切衆生にさづ()けば、彼の四衆等並びに大僧等此の人をあだ()む事、父母のかたき宿世のかたき朝敵・怨敵のごとくあだむべし。其の時大いなる天変あるべし。所謂日月蝕し、大いなる彗星天にわたり、大地震動して水上の輪のごとくなるべし。其の後は自界叛逆難と申して国主・兄弟並びに国中の大人を打ちころし、後には他国侵逼難と申して隣国よりせめられて、或はい()けど()りとなり、或は自殺をし、国中の上下万民皆大苦に値ふべし。此ひとえに上行菩薩のかび(加被)をかを()ほりて法華経の題目をひろむる者を、或はの()り、或はう()ちはり、或は流罪し、或は命をた()ちなんどするゆへに、仏前にちかいをなせし梵天・帝釈・日月・四天等の、法華経の座にて誓状を立てゝ、法華経の行者をあだ()まん人をば、父母のかたきよりもなをつよくいましむべしとちかうゆへなりとみへて候に、今日蓮日本国に生まれて一切経並びに法華経の明鏡をもて、日本国の一切衆生の面に引き向けたるに寸分もたがわぬ上、仏の記し給ひし天変あり地夭あり。定んで此の国亡国となるべしとかねてしりしかば、これを国主に申すならば国土安穏なるべくは、たづ()ねあき()らむべし。亡国となるべきならばよも用ひじ、用ひぬ程ならば日蓮は流罪・死罪となるべしとしりて候ひしかども、仏いまし()めて云はく、此の事を知りながら身命をを()しみて一切衆生にかた()らずば、我が敵たるのみならず一切衆生の怨敵なり、必ず阿鼻大城に墮つべしと記し給へり。

此に日蓮進退わづらひて、此の事を申すならば我が身いかにもなるべし。我が身はさてをきぬ、父母・兄弟並びに千万人の中にも一人も随ふものは国主万民にあだ()まるべし。彼等あだ()まるゝならば仏法はいまだわきま()えず、人のせめはた()へがたし。仏法を行ずるは安穏なるべしとこそをもうに、此の法を持つによて大難出来するは、し()んぬ此の法を邪法なりと誹謗して悪道に墮つべし。此も不便なり。又此を申さずば仏誓に違する上、一切衆生の怨敵なり。大阿鼻地獄疑ひなし。いかんがせんとをも()いしかども、をもひ切って申し出だしぬ。申し始めし上は又ひきさすべきにもあらざれば、いよいよつよ()り申せしかば、仏の記文のごとく国主もあだ()み、万民もせめき。あだ()をなせしかば、天もいか()りて日月に大変あり。大せいせい(彗星)も出現しぬ。大地もふりかへしぬべくなりぬ。どしうちもはじまり、他国よりもせめたり。仏の記文すこしもたがわず。日蓮が法華経の行者なる事も疑わず。(P1085)

 

*法華経の行者

法華経の行者を供養する功徳

建治元年(1275)726高橋殿御返事」(日興本)

(うり)一籠、さゝげ()ひげこ(髭籠)、えだまめ(枝豆)、ねいも(根芋)、かうのうり()()び候ひ了んぬ。

付法蔵経と申す経には、いさご()のもち()ゐを仏に供養しまいらせしわら()は、百年と申せしに一閻浮提の四分が一の王となる。所謂(いわゆる)阿育大王これなり。法華経の法師品には「而於一劫中(においっこうちゅう)」と申して、一劫が間釈迦仏を種々に供養せる人の功徳と、末代の法華経の行者を須臾(しゅゆ)も供養せる功徳とたくら()べ候に「其の福復(また)彼に過ぐ」と申して、法華経の行者を供養する功徳はすぐ()れたり。

これを妙楽大師釈して云はく「供養すること有らん者は福十号に過ぐ」と云云。

されば仏を供養する功徳よりもすぐれて候なれば、仏にならせ給はん事は疑ひなし。(P1093)

 

*上行菩薩

法華経信奉者守護の上行地涌等の菩薩

建治元年(1275)「上野殿御消息(本門取要抄)(与南条氏書)(日興本)

然る間釈迦・多宝等の十方無量の仏、上行地涌等の菩薩も、普賢・文殊等の迹化の大士も、舎利弗等の諸大声聞も、大梵天王・日月等の明主諸天も、八部王も、十羅刹女等も、日本国中の大小の諸神も、総じて此の法華経を強く信じまいらせて、余念なく一筋に信仰する者をば、影の身にそふが如く守らせ給ひ候なり。相構へて相構へて、心を翻(ひるが)へさず一筋に信じ給ふならば、現世安穏後生善処なるべし。(P1127)

 

                          三島市川原ケ谷
                          三島市川原ケ谷

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