日蓮遺文・法華経の行者、上行菩薩 13

法華経の行者、聖人

智顗、最澄は法華経の行者とはみえても、大難はなく小難だけであった

聖人が出現して仏のごとく法華経を談ずる時、一国が騒ぎ、釈迦在世にすぎたる大難がある

日蓮は賢人ではなく、聖人でもない天下第一の僻人だが、経文通りの大難により仏から聖人と思われることは喜ばしいことである

建治3年(1277)515日「上野殿御返事」(真蹟)

此の法華経に云はく「而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し。況んや滅度の後をや」と云云。文の心は、我が現在して候だにも、此の経の御かたきかくのごとし。いか()にいわ()うや末代に法華経を一字一点もと()き信ぜん人をやと説かれて候なり。此をも()ておも()ひ候へば、仏法華経をとかせ給ひて今にいたるまでは二千二百二十余年になり候へども、いまだ法華経を仏のごとくよみたる人は候はぬか。大難をもちてこそ、法華経をし()りたる人とは申すべきに、天台大師・伝教大師こそ法華経の行者とはみへて候ひしかども、在世のごとくの大難なし。ただ南三北七・南都七大寺の小難なり。いまだ国主かたき()とならず、万民つるぎ()をにぎ()らず、一国悪口をは()かず。滅後に法華経を信ぜん人は在世の大難よりもす()ぐべく候なるに、同じほどの難だにも来たらず、何に況んやす()ぐれたる大難多難をや。

虎うそぶ()けば大風ふく、竜ぎん()ずれば雲を()こる。野兎のうそぶき、驢馬(ろば)のいば()うるに風ふかず、雲をこる事なし。愚者が法華経をよみ、賢者が義を談ずる時は国もさわがず、事もをこらず。聖人出現して仏のごとく法華経を談ぜん時、一国もさわぎ、在世にすぎたる大難を()こるべしとみえて候。今、日蓮は賢人にもあらず、まして聖人はおもひもよらず。天下第一の僻人にて候が、但経文計りにはあひて候やう()なれば、大難来たり候へば、父母のいきかへらせ給ひて候よりも、にく()きものゝことにあ()ふよりもうれしく候なり。愚者にて而も仏に聖人とおもはれまいらせて候はん事こそ、うれしき事にて候へ。(P1307)

 

*法華経の行者

日蓮は、法華経信仰の南条時光を法華経の行者に似させ給へり、とする

「上野殿御返事」

さるにては、殿は法華経の行者にに()させ給へりとうけ給はれば、もってのほかに人のした()しきも、うと()きも、日蓮房を信じてはよもまど()いなん、上の御気色(みけしき)もあしくなりなんと、かたうど(方人)なるやうにて御けうくむ(教訓)候なれば、賢人までも人のたばかりはをそ()ろしき事なれば、一定法華経すて給ひなん。なかなか色み()へてありせばよかりなん。大魔のつ()きたる者どもは、一人をけうくん(教訓)しを()としつれば、それをひ()っか()けにして多くの人をせ()めを()とすなり。(P1308)

 

*上行菩薩

上行菩薩出現の先相は既に顕れている

建治3年(1276)6月「下山御消息」(真蹟)

像法一千年が内に入りぬれば月氏の仏法漸く漢土・日本に渡り来る。世尊、眼前に薬王菩薩等の迹化他方の大菩薩に、法華経の半分迹門十四品を譲り給ふ。これは又地涌の大菩薩、末法の初めに出現せさせ給ひて、本門寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を、一閻浮提の一切衆生に唱へさせ給ふべき先序のため也。所謂迹門弘通の衆は南岳・天台・妙楽・伝教等是れ也。今の時は世すでに上行菩薩の御出現の時剋に相当れり。而るに余愚眼を以てこれを見るに、先相すでにあらはれたる歟。(P1316)

 

「正法一千年の次、像法一千年に入ってから仏法はインドより中国、日本へと伝来した。釈尊は眼前にいた薬王菩薩等、迹化他方の大菩薩達に、法華経の前半分となる迹門の十四品を譲り与えた。これは地涌の大菩薩が末法の初めに出現して『法華経の本門・寿量品の肝心となる南無妙法蓮華経の五字』を、一閻浮提の一切衆生に唱へさせる先序のためであった」として、「迹門弘通の衆は南岳・天台・妙楽・伝教等」であった。そして末法今時は世を見れば「既に上行菩薩が出現する時刻に当たっている」とする。続いて上行菩薩出現の「先相」は「既に顕れている」とし、今現在、現実のこの国土世間において上行菩薩が出現していることを暗示するのである。

 

*法華経の行者

誰が法華経故に、経文通りの大難に遭ったのか

「下山御消息」

法華経に云く「或は阿練若に 納衣にして空閑に在って」乃至「利養に貪著するが故に 白衣のために法を説いて 世に恭敬せらるること 六通の羅漢の如くならん」。又云く「常に大衆の中に在って 我等を毀らんと欲するが故に 国王大臣 婆羅門居士 及び余の比丘衆に向って 誹謗して我が悪を説いて」乃至「悪鬼其の身に入って 我を罵詈毀辱せん」。又云く「濁世の悪比丘は 仏の方便 随宜所説の法を知らず 悪口して顰蹙し 数数擯出せれ」等云云。涅槃経に云く「一闡提有り、羅漢の像を作して、空処に住し、方等大乗経典を誹謗せん。諸の凡夫人、見已って、皆真の阿羅漢、是れ大菩薩なりと謂わん」等云云。 

今予法華経と涅槃経との仏鏡をもつて、当時の日本国を浮かべて其の影をみるに、誰の僧か国主に六通の羅漢の如くたとまれて、而も法華経の行者を讒言して頚をきらせんとせし。又いづれの僧か万民に大菩薩とあをがれたる。誰の智者か法華経の故に度々処々を追はれ、頚をきられ、弟子を殺され、両度まで流罪せられて最後に頚に及ばんとせり。無眼無耳の人は除く。有眼有耳の人は経文を見聞せよ。(P1324)

 

父母・師匠・主君の御使い

日蓮は自己を、日本国の人々の父母・師匠であり主君の御使いである、とする

「下山御消息」

余は日本国の人々には上は天子より下は万民にいたるまで三の故あり。一には父母なり、二には師匠なり、三には主君の御使ひなり。経に云はく「即ち如来の使なり」と。又云はく「眼目なり」と。又云はく「日月なり」と。章安大師の云はく「彼が為に悪を除くは則ち是彼が親なり」等云云。(P1331)

 

*法華経の行者

梵釈・日月・四天は仏前で、法華経の行者に仇をなす者を治罰する、と起請

「下山御消息」

今度法華経の大怨敵を見て、経文の如く父母師匠を朝敵宿世の時の如く、散々に責むるならば、定めて万人もいかり、国主も讒言を収れて、流罪し頚にも及ばんずらん。其の時仏前にして誓状せし梵釈・日月・四天の願をもはたさせたてまつり、法華経の行者をあだまんものを須臾ものがさじと、起請せしを身にあてて心みん。釈尊・多宝・十方分身の諸仏の或は共に宿し、或は衣を覆はれ、或は守護せんと、ねんごろに説かせ給ひしをも、実歟虚言歟と知りて信心をも増長せんと退転なくはげみし程に、案にたがはず、去る文永八年九月十二日に都(すべ)て一分の科もなくして佐土の国へ流罪せらる。外には遠流と聞こへしかども、内には頚を切ると定めぬ。余又兼ねて此の事を推せし故に弟子に向ひて云く 我既に遂げぬ。悦び身に余れり。人身は受けがたくして破れやすし。過去遠々劫より由なき事には失ひしかども、法華経のために命をすてたる事はなし。我れ頚を刎ねられて師子尊者が絶へたる跡を継ぎ、天台・伝教の功にも超へ、付法蔵の二十五人に一を加へて二十六人となり、不軽菩薩の行にも越へて釈迦・多宝・十方の諸仏にいかがせんとなげかせまいらせんと思ひし故に、言をもおしまず已前にありし事、後に有るべき事の様を平の金吾に申し含めぬ。此の語しげければ委細にはかかず。(P1331)

 

*法華経の行者

法華経を劣とする、また法華経を修すれども法華経の行者を恥辱するのは入阿鼻獄である

「下山御消息」

在世滅後の一切衆生、阿弥陀経等の四十余年の経々を堅く執して法華経へうつらざらむと、仮令法華経へ入るとも本執を捨てずして彼々の経々を法華経に竝べて修行せん人と、又自執の経々を法華経に勝れたりといはん人と、法華経を法の如く修行すとも法華経の行者を恥辱せん者と、此れ等の諸人を指しつめて其人命終入阿鼻獄と定めさせ給ひし也。(P1336)

 

*法華経の行者

釈迦仏の法華経の行者守護

「下山御消息」

心は四十余年の中の観経・阿弥陀経・悲華経等に、法蔵比丘等の諸菩薩四十八願等を発して、凡夫を九品の浄土へ来迎せんと説く事は、且く法華経已前のやすめ言也。実には彼々の経々の文の如く十方西方への来迎はあるべからず。実(まこと)とおもふことなかれ。釈迦仏の今説き給ふが如し。実には釈迦・多宝・十方の諸仏、寿量品の肝要たる南無妙法蓮華経の五字を信ぜしめんが為也と出だし給ふ広長舌也。我等と釈迦仏とは同じ程の仏也。釈迦仏は天月の如し、我等は水中の影の月也。釈迦仏の本土は実には娑婆世界也。天月動き給はずば我等もうつるべからず。此土に居住して法華経の行者を守護せん事、臣下が主上を仰ぎ奉らんが如く、父母の一子を愛するが如くならんと出だし給ふ舌也。其の時阿弥陀仏の一二の弟子、観音・勢至等は阿弥陀仏の塩梅(あんばい)也、双翼(つばさ)也、左右の臣也、両目の如し。(P1337)

 

*法華経の行者

阿弥陀仏の法華経の行者守護

「下山御消息」

然るに極楽世界よりはるばると御供し奉りしが、無量義経の説き、仏の阿弥陀経等の四十八願等は未顕真実、乃至法華経にて一名弥陀と名をあげて此れ等の法門は真実ならずと説き給ひしかば、実とも覚へざりしに、阿弥陀仏正しく来り合点し給ひしをうち見て、さては我等が念仏者等を九品の浄土へ来迎の蓮臺と合掌の印とは虚しかりけりと聞き定めて、さては我等も本土に還りて何かせんとて、八万二万の菩薩のうちに入り、或は観音品に「娑婆世界に遊ぶ」と申して、此土の法華経の行者を守護せんとねんごろに申せしかば、日本国より近き一閻浮提の内、南方補陀楽山と申す小処を釈迦仏より給ひて宿所と定め給ふ。阿弥陀仏は左右の臣下たる観音・勢至に捨てられて、西方世界へは還り給はず。此の世界に留まりて法華経の行者を守護せんとありしかば、此の世界の内、欲界第四の兜率天、弥勒菩薩の所領の内、四十九院の一院を給ひて、阿弥陀院と額を打っておはするとこそうけ給はれ。(P1337)

 

*法華経の行者

今、法華経の行者出現によって四衆共に一慢を起こす

「下山御消息」

今日本国の人々は一人もなく不軽菩薩の如く、苦岸・勝意等の如く、一国万人皆無間地獄に堕つべき人々ぞかし。仏の涅槃経に記して、末法には法華経誹謗の者は大地微塵よりもおほかるべしと記し給ひし是れ也。

而るに今法華経の行者出現せば、一国万人皆法華経の読誦を止めて、吉蔵大師の天台大師に随ふが如く身を肉橋となし、不軽軽毀の還りて不軽菩薩に信伏随従せしが如く仕るとも、一日二日、一月二月、一年二年、一生二生が間には法華経誹謗の重罪は尚おなほ滅しがたかるべきに、其の義はなくして当世の人々は四衆倶に一慢をおこせり。

所謂念仏者は法華経をすてゝ念仏を申す。日蓮は法華経を持つといへども念仏を恃まず。我等は念仏をも持ち法華経をも信ず。戒をも持ち一切の善を行ず等云云。此れ等は野兎(やと)が跡を隠し、金鳥が頭を穴に入れ、魯人(ろひと)が孔子をあなづり、善星が仏ををどせしにことならず。鹿馬が迷ひやすく、鷹鳩変じがたき者也。墓なし墓なし。(P1341)

 

*法華経の行者

日蓮は教主釈尊より大事なる行者である

「下山御消息」

日蓮を賎み諸僧を貴び給ふ故に、自然に法華経の強敵と成り給ふ事を弁へず。存外政道に背きて行はるゝ間、梵釈・日月・四天・龍王等の大怨敵と成り給ふ。法華経守護の釈迦・多宝・十方分身の諸仏・地涌千界・迹化他方・二聖・二天・十羅刹女・鬼子母神は他国の賢王の見に入り易りて、国主を罰し国を亡せんとするをしらず。真の天のせめにてだにもあるならば、たとひ鉄圍山を日本国に引き回らし、須弥山を蓋として、十方世界の四天王を集めて波際に立て並べてふせがするとも、法華経の敵となり、教主釈尊より大事なる行者を、法華経の第五の巻を以て日蓮が頭を打ち、十巻共に引き散らして散々に践みたりし大禍は、現当二世にのがれがたくこそ候はんずらめ。日本守護の天照太神・正八幡等もいかでかかゝる国をばたすけ給ふべき。いそぎいそぎ治罰を加へて自らの科を脱れんとこそはげみ給ふらめ。をそく科に行ふ間、日本国の諸神ども四天大王にいましめられてやあるらん。知り難き事也。(P1342)

 

釈迦の肉身は現在には存在せず。日蓮の大難を呼び起こす実践ありて、釈迦出世の本懐と位置付けられる法華経は証明され、法華経の題目は弘められている。そして、釈迦を三界の国主と現実に称えているのは日蓮だけである。

日蓮の存在ありてこそ、末法今時における信仰観念世界での生身の釈迦の存在がある。そのような観点からすれば、まさに教主釈尊より大事なる行者・日蓮といえるだろう。日蓮の、釈迦後継者としての意識が横溢した表現であると思う。

 

                          富士宮市上井出
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