日蓮遺文・法華経の行者、上行菩薩 15

*法華経の行者

見思惑を断じていない凡夫が神と仏と法華経に祈るならば、三災・七難はいよいよ増長するが、法華経の本門を法華経の行者につけて除く。結局は仏法の勝負を決し法の邪正を明白にする以外には、災難を止めることは難しい

弘安元年(1278)(或いは弘安5年[1282])626日「富木入道殿御返事(治病大小権実違目)(真蹟)

而るに此の三十余年の三災七難等は一向に他事を雑へず。日本一同に日蓮をあだみて、国々・郡々・郷々・村々・人ごとに上一人より下万民にいたるまで前代未聞の大瞋恚を起こせり。見思未断の凡夫の元品の無明を起こす事此始めなり。神と仏と法華経にいのり奉らばいよいよ増長すべし。但し法華経の本門をば法華経の行者につけて除き奉る。結句は勝負を決せざらむ外は此の災難止み難かるべし。(P1522)

 

法華経の行者

諸宗の人師は法華経の行者に会えば色を失い魂をけす

弘安元年(1278)728日「千日尼御前御返事」(真蹟)

此の経文は一切経に勝れたり。地走る者の王たり、師子王のごとし。空飛ぶ者の王たり、鷲のごとし。南無阿弥陀仏経等はきじ()のごとし、兎のごとし。鷲につかまれては涙をながし、師子にせめられては腹わたをたつ。念仏者・律僧・禅僧・真言師等又かくのごとし。法華経の行者に値()ひぬれば、いろを失ひ魂をけすなり。(P1540)

 

*法華経の行者

「法華経の題目を以て本尊」が法華経の行者の正意とする

弘安元年(1278)9月「本尊問答抄」(日興本)

上に挙ぐる所の本尊は釈迦、多宝、十方の諸仏の御本尊、法華経の行者の正意なり。(P1574)

 

*法華経の行者

身口意の三業相応して法華経最第一と読んだ法華経の行者は四百余年間一人もいなかった

「本尊問答抄」

然れば日本国中に数十万の寺社あり、皆真言宗なり。たまたま法華宗を並ぶとも、真言は主の如く法華は所従の如くなり。若しは兼学の人も心中は一同に真言なり。座主、長吏、検校、別当、一向に真言たるうへ、上に好むところ下皆したがふ事なれば、一人ももれず真言師なり。されば日本国或は口には法華最第一とはよめども、心は最第二、最第三なり。或は身、口、意共に最第二、三なり。三業相応して最第一と読める法華経の行者は、四百余年が間一人もなし。(P1580)

 

*上行菩薩

未だ上行・無辺行等は見えない

日蓮は上行菩薩ではないが地涌の菩薩出現までの口ずさみに、あらあら申して「況滅度後」の矛先に当たったのである

「本尊問答抄」

此の御本尊は世尊説きおかせ給ひてのち、二千二百三十余年が間、一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず。漢土の天台・日本の伝教はほゞ()()ろしめして、いさゝかもひろ()めさせ給はず。当時こそひろ()まらせ給ふべき時にあたりて候へ。経には上行・無辺行等こそいでてひろ()めさせ給ふべしと見えて候へども、いまだ見えさせ給はず。日蓮は其の人には候はねどもほゞ心へて候へば、地涌の菩薩のいでさせ給ふまでの口ずさみに、あらあら申して況滅度後のほこさき(矛先)に当たり候なり。願はくは此の功徳を以て父母と師匠と一切衆生に回向し奉らんと祈請仕り候。其の旨をし()らせまい()らせむがために御本尊を書きをくりまいらせ候に、他事をすてゝ此の御本尊の御前にして一向に後世をもいの()らせ給ひ候へ。又これへ申さんと存じ候。いかに御房たちはからい申させ給へ。(P1586)

 

*法華経の行者

第六天の魔王は法華経の行者の修行を必ずや妨げる、それは止観の修行における十種の対境の第五・魔事境なのである

弘安元年(1278)(或いは建治3年[1277])101日「富木入道殿御返事(稟権出界抄)(真蹟)

又此の沙汰の事も定めてゆへありて出来せり。かじま(賀島)の大田・次郎兵衛・大進房、又本院主もいかにとや申すぞ。よくよくきかせ給ひ候へ。此等は経文に子細ある事なり。法華経の行者をば第六天の魔王の必ず障()ふべきにて候。十境の中の魔境とは此なり。魔の習ひは善を障へて悪を造らしむるをば悦ぶ事に候。強ひて悪を造らざる者をば力及ばずして善を造らしむ。又二乗の行をなす物をばあながちに怨をなして善をすゝむるなり。又菩薩の行をなす物をば遮りて二乗の行をすゝむ。最後に純円の行を一向になす者をば兼別等に堕とすなり。止観の八等を御らむあるべし。(P1590)

 

*法華経の行者

戦乱、疫病、天災地変により世情が厳しさを増す中、法華経の行者への供養に感謝する

弘安元年(1278)閏1013日「上野殿御返事」(日興本)

去今年(こぞことし)は大えき()此の国にをこりて、人の死ぬる事大風に木のたう()れ、大雪に草のお()るゝがごとし。一人ものこるべしともみへず候ひき。

しかれども又今年の寒温時(とき)にしたがひて、五穀は田畠にみ()ち草木はやさん(野山)にお()ひふさがりて尭舜(ぎょうしゅん)の代のごとく、成劫のはじめかとみへて候ひしほどに、八月・九月の大雨大風に日本一同に熟(みの)らず、ゆ()きてのこれる万民冬をすごしがたし。去ぬる寛喜・正嘉にもこえ、来たらん三災にもおとらざるか。

自界叛逆して盗賊国に充満し、他界きそいて合戦に心をつひやす。民の心不孝にして父母を見る事他人のごとく、僧尼は邪見にして狗犬(くけん)と猿猴(えんこう)とのあ()へるがごとし。

慈悲なければ天も此の国をまぼらず、邪見なれば三宝にもすてられたり。又疫病(やくびょう)もしばらくはや()みてみえしかども、鬼神かへり入るかのゆへに、北国も東国も西国も南国も、一同にや()みなげ()くよしきこへ候。かゝるよ()にいかなる宿善にか、法華経の行者をやしな()わせ給ふ事、ありがたく候ありがたく候。事々見参(げんざん)の時申すべし。(P1596)

 

                         富士宮市 朝霧高原
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