日蓮遺文・法華経の行者、上行菩薩 17

法華経の行者

鎌倉八幡宮寺消失について、八幡大菩薩は法華経の行者に害を加える国主等を対治せず、逆に守護するゆえに罰せられ、結果、鎌倉八幡宮が消失したとする

弘安3年(1280)12月「諌暁八幡抄」(真蹟)

法華経の行者をあだむ国主・国人等を、対治を加へずして守護する失に依りて、梵釈等のためには八幡等は罰せられ給ひぬるか。此の事は一大事なり。秘すべし秘すべし。(P1834)

 

*法華経の行者

円仁は釈迦仏の守護の袈裟をかけられたとしても、法華経の行者には非ず

「諌暁八幡抄」

又此の袈裟は法華経最第一と説かん人こそかせまいらせ給ふべきに、伝教大師の後は第一の座主義真和尚、法華最第一の人なればかけさせ給ふ事其の謂はれあり。第二の座主円澄大師は伝教大師の御弟子なれども、又弘法大師の弟子也。すこし謗法ににたり。此の袈裟の人には有らず、かけがたし。第三の座主円仁慈覚大師は名は伝教大師の御弟子なれども、心は弘法大師の弟子、大日経第一法華経第二の人也。此の袈裟は一向にかけがたし。設ひかけたりとも法華経の行者にはあらず。(P1837)

 

*法華経の行者

八幡大菩薩が法華経の行者守護の働きをしない、その懈怠を攻める

「諌暁八幡抄」

而るを大菩薩の此の袈裟をはぎかへし給はざる一の大科也。此の大菩薩は法華経の御座にして行者を守護すべき由の起請をかきながら、数年が間、法華経の大怨敵を治罰せざる事不思議なる上、たまたま法華経の行者の出現せるを来りて守護こそなさざらめ。(P1838)

 

*法華経の行者

法華経の行者を怨む人は人天の眼をくじる者である

「諌暁八幡抄」

法華経の第四に云く「仏の滅度の後に能く其の義を解せんは是れ諸の天人世間の眼なり」等云云。日蓮が法華経の肝心たる題目を日本国に弘通し候は諸天世間の眼にあらずや。眼には五あり。所謂肉眼・天眼・慧眼・法眼・仏眼也。此の五眼は法華経より出生せさせ給ふ。故に普賢経に云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり。諸仏は是れに因って五眼を具することを得たまえり。」等云云。此方等経と申すは法華経を申す也。又此の経に云く「人天の福田、応供の中の最なり」等云云。此れ等の経文のごとくば妙法蓮華経は人天の眼・二乗菩薩の眼・諸仏の御眼也。

而るに法華経の行者を怨む人は人天の眼をくじる者也。其の人を罰せざる守護神は、一切の人天の眼をくじる者を結構し給ふ神也。(P1840)

 

*法華経の行者

中国・善無畏等の三三蔵は法華経の行者を大日経えすかし入れた

「諌暁八幡抄」

真言の善無畏・金剛智・不空・弘法・慈覚・智証等は設ひ法華経を大日経に相対して勝劣を論ぜずして大日経を弘通すとも、滅後に生まれたる三蔵人師なれば謗法はよも免れ候はじ。何に況んや善無畏等の三三蔵は法華経は略説、大日経は広説と同じて而も法華経の行者を大日経えすかし入れ、弘法等の三大師は法華経の名をかきあげて戯論なんどかゝれて候を大科を明らめずして、此の四百余年一切衆生を皆謗法の者となりぬ。(P1847)

 

*法華経の行者

八幡大菩薩は法華経の行者の頂きに栖む

「諌暁八幡抄」

今八幡大菩薩は本地は月氏の不妄語の法華経を、迹に日本国にして正直の二字となして賢人の頂にやどらむと云云。若し爾らば此の大菩薩は宝殿をやきて天にのぼり給ふとも、法華経の行者日本国に有るならば其の所に栖み給ふべし。(P1849)

 

法華経の行者

富木尼御前は長年、法華経の行者・日蓮を養った人であり、尼御前の病気を日蓮は我が身一身のことと思い、その平癒を昼夜、天に祈っている

弘安3(1280)(或いは建治2年[1276])1129日「富木殿御返事」(真蹟)

鵞目(がもく)一結(ひとゆい)、天台大師の御宝前を荘厳し候ひ了(おわ)んぬ。

経に云はく「法華最第一なり」と。又云はく「能く是の経典を受持すること有らん者も、亦復(またまた)是くの如し。一切衆生の中に於て亦(また)()れ第一なり」と。又云はく「其の福復彼に過ぎん」と。妙楽云はく「若し悩乱する者は頭七分に破れ供養すること有らん者は福十号に過ぐ」と。伝教大師も「讃むる者は福を安明に積み、謗る者は罪を無間に開く」等云云。記の十に云はく「方便の極位に居る菩薩猶尚(なお)第五十の人に及ばず」等云云。華厳経の法慧・功徳林・大日経の金剛薩(こんごうさった)等、尚法華経の博地(はくじ)に及ばず。何に況んや其の宗の元祖等法蔵・善無畏等に於てをや。是は且く之を置く。尼ごぜんの御所労の御事、我が身一身の上とをも()ひ候へば昼夜に天に申し候なり。此の尼ごぜん(御前)は法華経の行者をやしなう事、灯に油をそ()へ、木の根に土をかさぬるがごとし。願はくは日月天其の命にかわり給へと申し候なり。又をも()いわす()るゝ事もやと、いよ(伊予)房に申しつけて候ぞ。たのもしとをぼしめせ。(P1818)

 

*法華経の行者

法華経の行者供養の功徳を説示

弘安3年(1280)「大夫志殿御返事」(真蹟)

三千大千世界と申すは東西南北・一須弥山・六欲梵天を一四天下となづく。百億の須弥山・四洲等を小千と云ひ、小千の千を中千と云ひ、中千の千を大千と申す。

此の三千大千世界を一つにして四百万億那由他(なゆた)の国の六道の衆生を八十年やしなひ、法華経より外の已今当の一切経を一々の衆生に読誦せさせて、三明六通(さんみょうろくつう)の阿羅漢、辟支仏(びゃくしぶつ)・等覚の菩薩となせる一人の檀那と、世間・出世の財(たから)を一分も施さぬ人の法華経計(ばか)りを一字一句一偈(いちげ)持つ人と相対して功徳を論ずるに、法華経の行者の功徳勝れたる事百千万億倍なり。天台大師此に勝れたる事五倍なり。かゝる人を供養すれば福を須弥山につ()み給ふなりと、伝教大師ことはらせ給ひて候。(P1851)

 

*法華経の行者

日蓮は光日尼を法華経の行者とする

弘安4年(1281)88日「光日上人御返事」(真蹟曽存)

而るに光日尼御前はいかなる宿習にて法華経をば御信用ありけるぞ。又故弥四郎殿が信じて候ひしかば子の勧めか。此の功徳空しからざれば、子と倶に霊山浄土へ参り合わせ給はん事、疑ひなかるべし。烏龍と云ひし者は法華経を謗じて地獄に堕ちたりしかども、其の子に遺龍と云ひし者、法華経を書きて供養せしかば、親仏に成り、又妙荘厳王は悪王なりしかども、御子の浄蔵・浄眼に導かれて、娑羅樹王仏と成らせ給ふ。其の故は子の肉は母の肉、母の骨は子の骨也。松栄えれば柏悦ぶ。芝かるれば蘭なく、情け無き草木すら友の喜び友の歎き一つなり。何に況んや親と子との契り、胎内に宿して、九月を経て生み落とし、数年まで養ひき。彼ににな(荷)はれ、彼にとぶら(弔)はれんと思ひしに、彼をとぶらふうらめしさ、後、如何があらんと思ふこゝろぐるしさ、いかにせん、いかにせん。子を思ふ金鳥は火の中に入りにき。子を思ひし貧女は恒河に沈みき。彼の金鳥は今の弥勒菩薩也。彼の河に沈みし女人は大梵天王と生れ給ふ。何に況んや今の光日上人は子を思ふあまりに、法華経の行者と成り給ふ。母と子と倶に霊山浄土へ参り給ふべし。其の時御対面いかにうれしかるべき。いかにうれしかるべき。(P1879)

 

法華経の行者

弘安5年(1282)228日「法華証明抄(死活抄)(真蹟)

冒頭「法華経の行者日蓮花押」(P1910)

 

                          山中湖より
                          山中湖より

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