日蓮遺文・法華経の行者、上行菩薩 7

上行菩薩

日蓮は地涌の菩薩の一分でもない、地涌の菩薩の出現に先立って妙法を説示した

文永12年(1275)310曾谷入道殿許御書」(真蹟)

根本大師の記に云はく「代を語れば則ち像の終はり末の初め、地を尋ぬれば唐の東羯(かつ)の西、人を原(たず)ぬれば則ち五濁の生、闘諍の時なり。経に云はく、猶多怨嫉況滅度後と。此の言良(まこと)に以(ゆえ)有るが故に」云云。又云はく「正像稍(やや)過ぎ已()はって末法太(はなは)だ近きに有り。法華一乗の機、今正しく是其の時なり。何を以て知ることを得ん、安楽行品に末世法滅の時なり」云云。此の釈は語美しく心隠れたり。読む人之を解し難きか。伝教大師の語は我が時に似て心は末法を示したまふなり。大師出現の時は仏の滅後一千八百余年なり。大集経の文を以て之を勘ふるに、大師存生の時は第四の多造塔寺堅固の時に相当たる、全く第五の闘諍堅固の時に非ず。而るに余処の釈に「末法太有近」の言あり。定んで知んぬ、闘諍堅固の筆は我が時を指すに非ざることを。

予、倩(つらつら)事の情(こころ)を案ずるに、大師、薬王菩薩として霊山会上に侍()して、仏、上行菩薩出現の時を兼ねて之を記したまふ故に粗(ほぼ)之を喩(さと)すか。而るに予、地涌の一分には非ざれども、兼ねて此の事を知る。故に地涌の大士に前立(さきだ)ちて粗(ほぼ)五字を示す。例せば西王母(せいおうぼ)の先相には青鳥(せいちょう)、客人の来たるには(かんじゃく)の如し。(P909)

 

「最澄が末法の到来を待ち望んだのは、最澄が薬王菩薩として霊山会上に連なった時に、教主釈尊が上行菩薩出現の末法の時をあらかじめ明らかにしていた故に、最澄は自身の時代は第四の多造塔寺堅固の時に当たっていて、全く後の五百歳・闘諍堅固の時には非ずとし、末法を待望したのであろう」と記して、「日蓮は地涌の菩薩の一分でもないけれども、かねてよりこのことは知っていた。故に地涌の菩薩出現に先立って妙法蓮華経の五字を末法の衆生に説示したのである」としている。

 

文永11年(1274)12月の通称「万年救護本尊」では、拝する人をして「日蓮は上行菩薩」と信解せしめる讃文を顕したものの、わずか三ヶ月後には直接的な表現は避けて自己を「地涌の菩薩の一分でもない」「地涌の菩薩の出現に先立って妙法を説示した」とするのである。

 

法華経の行者、国主の父母、一切衆生の師匠

日蓮は、法華経の敵に対する梵天・帝釈・日月・四天の治罰を以て、自己が法華経の行者か否かを認識すべし、と説示

日蓮は自己を国主の父母、一切衆生の師匠である、とする

文永12年(1275)412王舍城事」(真蹟曽存)

是より後も御覧あれ。日蓮をそし()る法師原(ほっしばら)が、日本国を祈らば弥々(いよいよ)国亡ぶべし。結句せ()めの重からん時、上一人より下万民までもと()ゞりをわ()かつやっこ()となり、ほぞ()をくうためし()あるべし。後生はさてをきぬ、今生に法華経の敵(かたき)となりし人をば、梵天・帝釈・日月・四天罰し給ひて皆人にみこ(見懲)りさせ給へと申しつけて候。日蓮法華経の行者にてあるなしは是にて御覧あるべし。

かう申せば国主等は此の法師のをど()すと思へるか。あへてにく()みては申さず。大慈大悲の力、無間地獄の大苦を今生にけ()さしめんとなり。

章安大師云はく「彼が為に悪を除くは即ち是彼が親なり」等云云。かう申すは国主の父母、一切衆生の師匠なり。事々多く候へども留め候ひぬ。(P917)

 

法華経の行者

恐れるべきは法華経の行者を悩ます人々である

文永12年(1275)(または建治2年[1276])416日「兄弟抄」(真蹟)

日蓮此をかんがへたるに、本は法華経の行者なりしが、大日経を見て法華経にまさ()れりといゐしゆえなり。されば舎利弗・目連等が三五の塵点劫を経しことは十悪五逆の罪にもあらず、謀反八虐の失にてもあらず。但悪知識に値ひて法華経の信心をやぶりて権経にうつりしゆへなり。天台大師釈して云はく「若し悪友に値へば則ち本心を失ふ」云云。本心と申すは法華経を信ずる心なり。失ふと申すは法華経の信心を引きかへて余経へうつる心なり。されば経文に云はく「然も良薬を与ふるに而(しか)も肯()へて服せず」等云云。天台の云はく「其の心を失ふ者は良薬を与ふと雖も而も肯へて服せず。生死に流浪して他国に逃逝(じょうぜい)す」云云。されば法華経を信ずる人のをそるべきものは、賊人・強盗・夜打・虎狼(ころう)・師子等よりも、当時の蒙古のせめよりも法華経の行者をなや()ます人々なり。

此の世界は第六天の魔王の所領なり。一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり。六道の中に二十五有と申すろう()をかま()へて一切衆生を入るゝのみならず、妻子と申すほだし()をうち、父母主君と申すあみ()をそら()にはり、貪・瞋・癡の酒をのませて仏性の本心をたぼ()らかす。但あく()のさかな()のみをすゝめて三悪道の大地に伏臥せしむ。たまたま善の心あれば障碍をなす。法華経を信ずる人をばいかにもして悪へ堕とさんとをもうに、叶はざればやうやくすか()さんがために相似せる華厳経へをとしつ、杜順(とじゅん)・智儼(ちごん)・法蔵・澄観等これなり。又般若経へをとしつ、嘉祥(かじょう)・僧詮(そうせん)等これなり。又深密経へ堕としつ、玄奘・慈恩此なり。又大日経へ堕としつ、善無畏・金剛智・不空・弘法・慈覚・智証等これなり。又禅宗へ堕としつ、達磨・慧可等是なり。又観経へすかしをとす悪友は、善導・法然是なり。此は第六天の魔王が智者の身に入って善人をたぼらかすなり。法華経第五の巻に「悪鬼其の身に入る」と説かれて候は是なり。設ひ等覚の菩薩なれども元品の無明と申す大悪鬼身に入って、法華経と申す妙覚の功徳を障へ候なり。何(いか)に況んや其の已下の人々にをいてをや。

又第六天の魔王或は妻子の身に入って親や夫をたぼらかし、或は国王の身に入って法華経の行者ををどし、或は父母の身に入って孝養の子をせむる事あり。(P921)

 

*題目の行者

法華経の肝心題目の五字計りを弘める者、題目の行者・日蓮

建治元年(1275)「種種御振舞御書」(真蹟曽存)

日蓮悦んで云はく、本より存知の旨なり。雪山童子は半偈のために身をなげ、常啼菩薩は身をうり、善財童子は火に入り、楽法梵士は皮をはぐ、薬王菩薩は臂(ひじ)をやく、不軽菩薩は杖木をかうむり、師子尊者は頭をはねられ、提婆菩薩は外道にころ()さる。此等はいかなりける時ぞやと勘ふれば、天台大師は「時に適ふのみ」とかゝれ、章安大師は「取捨宜しきを得て一向にすべからず」としる()さる。法華経は一法なれども機にしたが()ひ時によりて其の行万差なるべし。仏記して云はく「我滅後正像二千年すぎて、末法の始めに此の法華経の肝心題目の五字計りを弘めんもの出来すべし。其の時悪王・悪比丘等、大地微塵より多くして、或は大乗、或は小乗等をもてきそはんほどに、此の題目の行者にせめられて在家の檀那等をかたらひて、或はの()り、或はう()ち、或はろう()に入れ、或は所領を召し、或は流罪、或は頸をは()ぬべし、などいふとも、退転なくひろむるほどならば、あだ()をなすものは国主はどし(同士)打ちをはじめ、餓鬼のごとく身をくらひ、後には他国よりせめらるべし。これひとへに梵天・帝釈・日月・四天等、法華経の敵なる国を他国より責めさせ給ふなるべし」ととかれて候ぞ。各々我が弟子となのらん人々は一人もをく()しをもはるべからず。をや()ををもひ、めこ(妻子)ををもひ、所領をかへりみることなかれ。無量劫よりこのかた、をやこのため、所領のために、命をすてたる事は大地微塵よりもをほし。法華経のゆへにはいまだ一度もすてず。法華経をばそこばく行ぜしかども、かゝる事出来せしかば退転してやみにき。譬へばゆ()をわ()かして水に入れ、火を切るにと()げざるがごとし。各々思ひ切り給へ。此の身を法華経にかうるは石に金をかへ、糞に米をかうるなり。(P960)

 

*法華経の行者

日蓮は日本第一の法華経の行者である

「種種御振舞御書」

さては十二日の夜、武蔵守殿のあづ()かりにて、夜半に及び頸を切らんがために鎌倉をいでしに、わかみやこうぢ(若宮小路)にうち出で四方に兵のうちつゝみてありしかども、日蓮云はく、各々さわがせ給ふな、べち()の事はなし、八幡大菩薩に最後に申すべき事ありとて、馬よりさしをりて高声に申すやう、いかに八幡大菩薩はまことの神か、和気清丸(わけのきよまる)が頸を刎ねられんとせし時は長一丈の月と顕はれさせ給ひ、伝教大師の法華経をかう()ぜさせ給ひし時はむらさきの袈裟を御布施にさづけさせ給ひき。今日蓮は日本第一の法華経の行者なり。其の上身に一分のあやまちなし。日本国の一切衆生の法華経を謗じて無間大城におつべきをたすけんがために申す法門なり。又大蒙古国よりこの国をせむるならば、天照太神・正八幡とても安穏におはすべきか。其の上釈迦仏、法華経を説き給ひしかば、多宝仏・十方の諸仏・菩薩あつまりて、日と日と、月と月と、星と星と、鏡と鏡とをならべたるがごとくなりし時、無量の諸天並びに天竺・漢土・日本国等の善神聖人あつまりたりし時、各々法華経の行者にをろかなるまじき由の誓状まいらせよとせめられしかば、一々に御誓状を立てられしぞかし。さるにては日蓮が申すまでもなし、いそぎいそぎこそ誓状の宿願をとげさせ給ふべきに、いかに此の処にはをちあわせ給はぬぞとたかだかと申す。さて最後には日蓮今夜頸切られて霊山浄土へまいりてあらん時は、まづ天照太神・正八幡こそ起請を用ひぬかみにて候ひけれと、さしきりて教主釈尊に申し上げ候はんずるぞ。いた()しとおぼさば、いそ()ぎいそぎ御計らひあるべしとて又馬にのりぬ。(P965)

 

*法華経の行者

東条景信、極楽寺・良観、建長寺・蘭渓道隆、道阿弥陀仏(道教房念空の阿弥陀号か)、平左衛門尉頼綱、守殿(相模守・北条時宗)らがいなければ、日蓮は法華経の行者たりえなかった

「種種御振舞御書」

今の世間を見るに、人をよくなすものはかたうどよりも強敵が人をばよくなしけるなり。眼前に見えたり。此の鎌倉の御一門の御繁昌は義盛と隠岐法皇ましまさずんば、争でか日本の主となり給ふべき。されば此の人々は此の御一門の御ためには第一のかたうどなり。日蓮が仏にならん第一のかたうどは景信、法師には良観・道隆・道阿弥陀仏、平左衛門尉・守殿ましまさずんば、争でか法華経の行者とはなるべきと悦ぶ。(P972)

 

*日本の人の魂・日本の柱

日蓮によって日本国の有無はあり、日蓮は日本の人の魂、日本の柱である

「種種御振舞御書」

さて皆帰りしかば、去年の十一月より勘へたる開目抄と申す文二巻造りたり。頸切らるゝならば日蓮が不思議とゞ()めんと思ひて勘へたり。

此の文の心は日蓮によりて日本国の有無はあるべし。譬(たと)へば宅(いえ)に柱なければたもたず。人に魂なければ死人なり。日蓮は日本の人の魂なり。平左衛門既に日本の柱をたをしぬ。

只今世()乱れて、それともなくゆめ()の如くに妄語出来して、此の御一門どしうち(同士打)して、後には他国よりせめらるべし。例せば立正安国論に委(くわ)しきが如し。かやうに書き付けて中務三郎左衛門尉が使ひにとらせぬ。(P975)

 

釈迦仏の御使い、法華経の行者

日蓮は幼若の者だが、法華経を弘める釈迦仏の御使いである

教主釈尊の御使いであれば、日本国の天照太神・正八幡宮も頭を傾けて、手を合わせて地に伏すのである

法華経の行者には梵天、帝釈が左右にはべり、日天、月天も前後を照らすのである

たとえ日蓮を用いたとしても、悪しく敬うのならば国は滅ぶであろう

「種種御振舞御書」

つきたる弟子等もあらぎ(強義)かなと思へども、力及ばざりげにてある程に、二月の十八日に島に船つく。鎌倉に軍あり、京にもあり、そのやう申す計りなし。六郎左衛門尉其の夜にはやふね(早舟)をもて、一門相具してわたる。日蓮にたな心を合はせて、たすけさせ給へ、去ぬる正月十六日の御言いかにやと此の程疑ひ申しつるに、いくほどなく三十日が内にあひ候ひぬ。又蒙古国も一定渡り候なん。念仏無間地獄も一定にてぞ候はんずらん。永く念仏申し候まじと申せしかば、いかに云ふとも、相模守殿等の用ひ給はざらんには、日本国の人用ゆまじ。用ゐずば国必ず亡ぶべし。日蓮は幼若の者なれども、法華経を弘むれば釈迦仏の御使ひぞかし。わづかの天照太神・正八幡なんどと申すは此の国には重んずけれども、梵釈・日月・四天に対すれば小神ぞかし。されども此の神人なんどをあやまちぬれば、只の人を殺せるには七人半なんど申すぞかし。太政入道・隠岐法皇等のほろび給ひしは是なり。此はそれにはに()るべくもなし。教主釈尊の御使ひなれば天照太神・正八幡宮も頭をかたぶけ、手を合はせて地に伏し給ふべき事なり。法華経の行者をば梵釈左右に侍り日月前後を照らし給ふ。かゝる日蓮を用ひぬるともあしくうやま()はゞ国亡ぶべし。何に況んや数百人ににく()ませ二度まで流しぬ。此の国の亡びん事疑ひなかるべけれども、且く禁をなして国をたすけ給へと日蓮がひか()うればこそ、今までは安穏にありつれども、はう()に過ぐれば罰あたりぬるなり。又此の度も用ひずば大蒙古国より打手を向けて日本国ほろぼさるべし。ただ平左衛門尉が好むわざわひなり。(P976)

 

*法華経の行者

法華経の行者を怨む者は頭破作七分

「種種御振舞御書」

疑って云はく、法華経の行者をあだむ者は頭破作七分ととかれて候に、日蓮房をそしれども頭もわれぬは、日蓮房は法華経の行者にはあらざるかと申すは、道理なりとをぼへ候はいかん。答へて云はく、日蓮を法華経の行者にてなしと申さば、法華経をなげすてよとかける法然等、無明の辺域としるせる弘法大師、理同事勝と宣べたる善無畏・慈覚等が法華経の行者にてあるべきか。又頭破作七分と申す事はいかなる事ぞ。刀をもてき()るやうにわ()るゝとしれるか。経文には如阿梨樹枝(にょありじゅし)とこそとかれたれ。人の頭に七滴(てき)あり、七鬼神ありて一滴食らへば頭をいたむ、三滴を食らへば寿絶えんとす、七滴皆食らへば死するなり。今の世の人々は皆頭阿梨樹の枝のごとくにわ()れたれども、悪業ふかくしてしらざるなり。例せばてを(手負)いたる人の、或は酒にゑ()ひ、或はねい(寝入)りぬれば、をぼえざるが如し。又頭破作七分と申すは或は心破作七分とも申して、頂の皮の底にある骨のひゞたぶるなり。死ぬる時はわるゝ事もあり。今の世の人々は去ぬる正嘉の大地震、文永の大彗星に皆頭われて候なり。其の頭のわ()れし時ぜひぜひやみ、五蔵の損ぜし時あかき(赤痢)腹をやみしなり。これは法華経の行者をそし()りしゆへにあたりし罰とはしらずや。(P984)

 

                          山中湖より
                          山中湖より

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