日蓮遺文・法華経の行者、上行菩薩 9

*上行菩薩

釈迦より妙法蓮華経の付属を受けた上行菩薩と間接的に表現

法華経を弘める者は日本の一切衆生の父母である

日蓮は当帝の父母であり、念仏者・禅衆・真言師等の師範、主君である

建治元年(1275)6月「撰時抄」(真蹟)

大集経の白法隠没の時に次いで、法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか。彼の大集経は仏説の中の権大乗ぞかし。生死をはなるゝ道には、法華経の結縁なき者のためには未顕真実なれども、六道・四生・三世の事を記し給ひけるは寸分もたがわざりけるにや。何に況んや法華経は釈尊は要当説真実となのらせ給ひ、多宝仏は真実なりと御判をそへ、十方の諸仏は広長舌を梵天につけて誠諦(じょうたい)と指し示し、釈尊は重ねて無虚妄の舌を色究竟に付けさせ給ひて、後五百歳に一切の仏法の滅せん時、上行菩薩に妙法蓮華経の五字をもたしめて謗法一闡提の白癩病の輩の良薬とせんと、梵・帝・日・月・四天・竜神等に仰せつけられし金言虚妄なるべしや。大地は反覆(はんぷく)すとも、高山は頽落(たいらく)すとも、春の後に夏は来たらずとも、日は東へかへるとも、月は地に落つるとも此の事は一定なるべし。

此の事一定ならば、闘諍堅固の時、日本国の王臣と並びに万民等が、仏の御使ひとして南無妙法蓮華経を流布せんとするを、或は罵詈し、或は悪口し、或は流罪し、或は打擲し、弟子眷属等を種々の難にあわする人々いかでか安穏にては候べき。これをば愚癡の者は呪詛(じゅそ)すとをもいぬべし。法華経をひろむる者は日本の一切衆生の父母なり。章安大師云はく「彼が為に悪を除くは即ち是彼が親なり」等云云。されば日蓮は当帝の父母、念仏者・禅衆・真言師等が師範なり、又主君なり。而るを上一人より下万民にいたるまであだをなすをば日月いかでか彼等の頂を照らし給ふべき。(P1017)

 

日蓮は「釈尊が末法の仏法滅尽を慮り、上行菩薩に妙法蓮華経の五字を付属して謗法一闡提の病深き衆生の良薬としようとしたことを、梵帝・日月・四天・龍神等に言われた金言は虚妄なのであろうか」として、「たとえ大地が反転することがあったとしても、高山がくずれたとしても、春の後に夏が来なくとも、日が東に沈んだとしても、月が地に落ちたとしても、釈尊より上行菩薩への妙法蓮華経の付属は間違いのないことなのである」とする。

続けて「それが一定ならば、末法となった闘諍堅固の時に日本国の王臣万民が『仏の使いとして南無妙法蓮華経を流布せんとする者』に対して罵詈、悪口を浴びせ、流罪に処し、殴打したり弟子・眷属に様々な弾圧を加える人々がどうして安穏でいられることがあろうか」と記す。

次に「法華経を広める者は日本の一切衆生の父母」であり、章安大師の「彼が為に悪を除くは即ち是彼が親なり」との文を引用し、「日蓮は当帝の父母」「念仏者・禅衆・真言師等が師範なり、又主君」とするのである。

 

・釈尊より妙法蓮華経の付属を受けた上行菩薩

・その付属の法である妙法蓮華経を流布せんとする者である日蓮

・日蓮は罵詈、悪口を浴び、流罪に処せられ、打擲され、弟子・眷属に様々な弾圧を加えられた

・この時、妙法蓮華経を流布せんとしているのは日蓮であり、他に題目流布の導師はいない

 

文意としては、日蓮は自己をして「釈尊より妙法蓮華経の付属を受けた上行菩薩」と間接的に表現している。また、弘経者の「親の徳」、自己の「主師親の三徳」を明示していることは、他の遺文等でも繰り返し「釈尊の使者」であることを表明していることを踏まえると、「現在、釈尊の教説を真に明示して衆生を導いているのは我れ一人のみであり、故に釈尊の主師親の三徳を身に体する仏勅使・導師なのである」との宗教的確信の開陳であり、自負心の顕れともいえるだろう。

 

*法華経の行者

蒙古の侵攻により日本国の一切の衆生が兵難に遭うことを以て日蓮は法華経の行者であることを知るべし、とする

「撰時抄」

蒙古のせめも又かくのごとくなるべし。設ひ五天のつわものをあつめて、鉄圍山(てっちせん)を城とせりともかなうべからず。必ず日本国の一切の衆生兵難に値ふべし。されば日蓮が法華経の行者にてあるなきかはこれにて見るべし。(P1018)

 

*閻浮第一の法華経の行者

日本国に仏法渡って七百余年、最澄と日蓮こそが法華経の行者である

日蓮は閻浮第一の法華経の行者である

「撰時抄」

日蓮が法華経の行者にてあらざるか。もししからばをゝきになげかし。今生には万人にせめられて片時もやすからず、後生には悪道に堕ちん事あさましとも申すばかりなし。

又日蓮法華経の行者ならずば、いかなる者の一乗の持者にてはあるべきぞ。法然が法華経をなげすてよ、善導が千中無一、道綽が未有一人得者と申すが法華経の行者にて候べきか。又弘法大師の云く 法華経を行ずるは戯論なりとかゝれたるが法華経の行者なるべきか。経文には能持是経、能説此経なんどこそとかれて候へ。よくとくと申すはいかなるぞと申すに、「諸経の中に於て最も其の上にあり」と申して大日経・華厳経・涅槃経・般若経等に法華経はすぐれて候なりと申す者をこそ、経文には法華経の行者とはとかれて候へ。もし経文のごとくならば日本国に仏法わたて七百余年、伝教大師と日蓮とが外は一人も法華経の行者はなきぞかし。いかにいかにとをもうところに、頭破作七分 口則閉塞のなかりけるは道理にて候けるなり。此れ等は浅き罰なり。但一人二人等のことなり。日蓮は閻浮第一の法華経の行者なり。此れをそしり此れをあだむ人を結構せん人は閻浮第一の大難にあうべし。これは日本国をふりゆるがす正嘉の大地震、一天を罰する文永の大彗星等なり。此れ等をみよ。仏滅後の後、仏法を行ずる者にあだをなすといえども、今のごとくの大難は一度もなきなり。南無妙法蓮華経と一切衆生にすゝめたる人一人もなし。此の徳はたれか一天に眼を合わせ、四海に肩をならぶべきや。(P1018)

 

*法華経の行者

仏滅後一千八百年が間、智顗と最澄こそが法華経の行者である

「撰時抄」

問て云く 伝教大師は日本国の士也。桓武の御宇に出世して欽明より二百余年が間の邪義をなんじやぶり、天台大師の円慧円定を撰し給ふのみならず、鑒真和尚の弘通せし日本小乗の三処の戒壇をなんじやぶり、叡山に円頓の大乗別受戒を建立せり。此の大事は仏滅後一千八百年が間の身毒・尸那・扶桑乃至一閻浮提第一の奇事なり。内証は龍樹・天台等には或は劣るにもや、或は同じくもやあるらん。仏法の人をすべ(統)て一法となせる事は、龍樹・天親にもこえ、南岳・天台にもすぐれて見えさせ給ふなり。惣じては如来御入滅の後一千八百年が間、此の二人こそ法華経の行者にてはおはすれ。(P1026)

 

*日本第一の法華経の行者

眼前の事を以て日蓮を閻浮第一の者と知るべきである

日蓮と一閻浮提の内に肩を並べる者はいない、日本第一の法華経の行者である

「撰時抄」

漢土・日本に智慧すぐれ才能いみじき聖人は度々ありしかども、いまだ日蓮ほど法華経のかたうど(方人)して、国土に強敵多くまうけたる者なきなり。まづ眼前の事をもって日蓮は閻浮第一の者としるべし。(P1047)

中略

日蓮は日本第一の法華経の行者なる事あえて疑ひなし。これをもつてすいせよ。漢土・月支にも一閻浮提の内にも肩をならぶる者は有るべからず。(P1048)

 

*三度の高名

日蓮は日本国の棟梁であり日蓮を失うことは日本国の柱を倒すことになる

「撰時抄」

外典に云はく、未萠をしるを聖人という。内典に云はく、三世を知るを聖人という。余に三度のかうみゃうあり。一つには去にし文応元年太歳庚申七月十六日に立正安国論を最明寺殿に奏したてまつりし時、宿谷の入道に向かって云はく、禅宗と念仏宗とを失ひ給ふべしと申させ給へ。此の事を御用ひなきならば、此の一門より事をこりて他国にせめられさせ給ふべし。二つには去にし文永八年九月十二日申の時に平左衛門尉に向かって云はく、日蓮は日本国の棟梁なり。予を失ふは日本国の柱橦を倒すなり。只今に自界反逆難とてどしうちして、他国侵逼難とて此の国の人々他国に打ち殺さるゝのみならず、多くいけどりにせらるべし。建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をばやきはらいて、彼等が頸をゆひのはまにて切らずば、日本国必ずほろぶべしと申し候ひ了んぬ。第三には去年文永十一年四月八日左衛門尉に語って云はく、王地に生まれたれば身をば随へられたてまつるやうなりとも、心をば随へられたてまつるべからず。念仏の無間獄、禅の天魔の所為なる事は疑ひなし。殊に真言宗が此の国土の大なるわざわひにては候なり。大蒙古を調伏せん事真言師には仰せ付けらるべからず。若し大事を真言師調伏するならば、いよいよいそいで此の国ほろぶべしと申せしかば、頼綱問ふて云はく、いつごろかよせ候べき。予言はく、経文にはいつとはみへ候はねども、天の御気色いかりすくなからず、きうに見へて候。よも今年はすごし候はじと語りたりき。此の三つの大事は日蓮が申したるにはあらず。只偏に釈迦如来の御神我が身に入りかわせ給ひけるにや。我が身ながらも悦び身にあまる。法華経の一念三千と申す大事の法門はこれなり。(P1053)

 

*法華経の行者

文永8年の法難について、日月天の守護がないのは日蓮が法華経の行者ではない故だろうか?と自問自答して行者証明の現証明示を日月天に迫り叱咤したところ、たちまち自界叛逆難が出来した

日蓮は日本第一の大人である

「撰時抄」

日蓮が身には今生にはさせる失なし。但国をたすけんがため、生国の恩をほうぜんと申せしを、御用ひなからんこそ本意にあらざるに、あまさへ(剰)召し出だして法華経の第五の巻を懐中せるをとりいだしてさんざんとさいなみ、結句はこうぢ(小路)をわたしなんどせしかば、申したりしなり。日月天に処し給ひながら、日蓮が大難にあうを今度かわらせ給はずは、一には日蓮が法華経の行者ならざるか、忽ちに邪見をあらたむべし。若し日蓮法華経の行者ならば忽ちに国にしるしを見せ給へ。若ししからずは今の日月等は釈迦・多宝・十方の仏をたぶらかし奉る大妄語の人なり。提婆が虚誑罪、倶伽利が大妄語にも百千万億倍すぎさせ給へる大妄語の天なりと声をあげて申せしかば、忽ちに出来せる自界叛逆難なり。されば国土いたくみだれば、我身はいうにかひなき凡夫なれども、御経を持ちまいらせ候分斉は、当世には日本第一の大人なりと申すなり。(P1055)

 

*法華経の行者

法華経の行者の法位を示す

「撰時抄」

されば今法華経の行者は心うべし。「譬えば一切の川流江河の諸水の中に、海為れ第一なるが如く、此の法華経も亦復是の如し」。「又衆星の中に月天子最も為れ第一なるが如く、此の法華経も亦復是の如し」等と御心えあるべし。当世日本国の智人は衆星のごとし、日蓮は満月のごとし。(P1058)

 

*法華経の行者

法華経最第一を説く者が法華経の行者であろうか

「撰時抄」

法華経の第五の巻に云く「此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり。諸経の中に於て最も其の上にあり」等云云。此の経文に最在其上の四字あり。されば此の経文のごときんば、法華経を一切経の頂にありと申すが法華経の行者にてはあるべきか。(P1060)

 

安楽行品第十四

此法華経 諸仏如来 秘密之蔵 於諸経中 最在其上 

 

                        三島市三ツ谷新田
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