曼荼羅・系年不明

(31)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 不動明王 愛染明王

*寸法

44.8×28.8cm 1紙

*備考

曼荼羅 (3) (7) (25)は「佐渡百幅の御本尊」と通称されている。

*所蔵

京都府京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町 本能寺

⇒系年は文永9年か 

(32)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 不動明王 愛染明王

*寸法

42.2×26.4cm 1紙

*「集成」5

*所蔵

新潟県佐渡市阿仏坊 妙宣寺

⇒系年は文永9年か 

(33)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 不動明王 愛染明王

*寸法

45.7×28.3cm 1紙

*「集成」6

*所蔵

京都府京都市上京区寺之内通大宮東入ル妙蓮寺前町 妙蓮寺

⇒系年は文永9年か

(4)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 不動明王 愛染明王

*先聖添書

甲斐国波木井法寂房 授与之(日興添書)

*寸法

52.4×33.0cm 1

*備考

花押の左「南無多宝如来」下の添書を削損した痕跡あり。

*所蔵

静岡県富士宮市小泉 久遠寺

⇒系年は文永9年か 

(5)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 不動明王 愛染明王

*寸法

44.8×29.4cm 1

*所蔵

新潟県三条市西本成寺 本成寺

⇒系年は文永9年か

(6)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 不動明王 愛染明王

*寸法

43.6×29.4cm 1

*所蔵

東京都豊島区西巣鴨 本妙寺

⇒系年は文永9年か

(7)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 不動明王 愛染明王

*寸法

86.7×30.0cm 2枚継ぎ

*所蔵

京都府京都市左京区仁王門通川端東入大菊町 頂妙寺

⇒系年は文永9年か

(8)

*通称

一念三千御本尊

*讃文

当知身土一念三千故 成道時 称此本理一身一念遍於法界

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 南無普賢文殊師利菩薩 南無智積菩薩 不動明王 愛染明王 南無鬼子母神 南無十羅刹女

*寸法

39.7×30.3cm 1

*備考

・「御本尊集」は当曼荼羅をNO8としたものの、「御図顕の年代よりすれば、更に遡るべきものと考える」とする。

*所蔵

千葉県松戸市平賀 本土寺

⇒系年は文永9年か

本化四菩薩の勧請がない。

智積菩薩が勧請されるのは曼荼羅(8)(9)の二幅のみ

首題上部左側に「法報応」を表す種子、右側に「金剛界大日如来」を表す種子が配列されている。

妙楽大師の「摩訶止観輔行伝弘決」の文が慶讃文として引用されている。

(9)

*通称

女人成仏御本尊

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 南無十方分身諸仏 南無尽十方諸仏 南無上行無辺行菩薩 南無浄行安立行菩薩 南無文殊普賢 南無智積菩薩 薬王菩薩 南無舎利弗迦葉迦旃延目連須菩提 不動明王 愛染明王 南無大梵天王 南無釈提桓因 南無十羅刹

*寸法

157.0×103.0cm 18枚継ぎ

*備考

・寺伝では「千日尼に授与したものであり『女人成仏御本尊』の称号も之に由来する」と伝う。

*所蔵

新潟県佐渡市阿仏坊 妙宣寺

⇒系年は文永10年か

(10)

*通称

楊子御本尊、船中御本尊

*相貌

首題 自署花押 四天大王 日月衆星

*寸法

27.0×14.2cm 1

*備考

・伝承では「当曼荼羅は、文永十一年三月十五日、佐渡真浦より越後柏崎に渡られる船中に於て、楊子を以て認めたまうところ」と伝う。

*所蔵

新潟県佐渡市両津湊 妙法寺

⇒系年は文永11年か

(12)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 南無上行無辺行菩薩 南無浄行安立行菩薩 不動明王 愛染明王

*日興添書

佐渡国法花東梁阿仏房彦如寂房日満相伝 之

*寸法

42.7×29.1cm 1

*所蔵

新潟県佐渡市阿仏坊 妙宣寺

⇒系年は文永11年か

(17)

*通称

朗尊加判御本尊

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 南無上行菩薩 南無無辺行菩薩 南無浄行菩薩 南無安立行菩薩 不動明王 愛染明王

*寸法

86.1×43.4cm 3枚継ぎ

*日朗添書

日朗 花押

*備考

・首題直下に日朗の自署花押を存する故に「朗尊加判の御本尊」と通称される。

・分身諸仏を略す、四菩薩の位次が通例と異なる。

・「集成」7

*所蔵

千葉県松戸市平賀 本土寺

⇒系年は文永11年か

(18)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝仏 南無分身諸仏 南無善等諸仏 南無胎蔵大日如来 南無金剛大日如来 南無上行菩薩 南無無辺行菩薩 南無浄行菩薩 南無安立行菩薩 南無文殊薬王等大菩薩 南無舎利弗等諸声聞 不動明王 愛染明王 南無大梵天王等 南無釈提桓因等 南無持国天王 南無増長天王 南無広目天王 南無毘沙門天王 南無大日天等 南無大月天等 南無天照八旛等 南無四輪王等 南無天台大師 南無伝教大師 南無阿修羅王等 南無龍神等 南無鬼子母神 南無藍婆 南無毘藍婆 南無曲歯 南無花歯 南無黒歯 南無多髪 南無無厭足 南無持瓔珞 南無皇諦 南無奪一切衆生精気

*寸法

189.4×112.1cm 20枚継ぎ

*所蔵

千葉県松戸市平賀 本土寺

⇒系年は文永11年か

胎蔵界大日如来と金剛界大日如来、両界の大日如来を勧請するのは当曼荼羅(18)と系年・建治元年11月とされる「日亨本尊鑑」第12番曼荼羅の二幅となる。

 

文永11524日の「法華取要抄」(真蹟 定P810、校P858、全P331、新P731)には、両界大日如来勧請の意が含まれているのではないだろうか。

 

又果位を以て之を論ずれば、諸仏如来は或は十劫百劫千劫已来の過去の仏なり。教主釈尊は既に五百塵点劫より已来妙覚果満の仏なり。大日如来・阿弥陀如来・薬師如来等の尽十方の諸仏は、我等が本師教主釈尊の所従等なり。天月の万水に浮かぶ是なり。華厳経の十方台上の毘盧遮那(びるしゃな)・大日経・金剛頂経(こんごうちょうきょう)の両界(りょうかい)の大日如来は、宝塔品の多宝如来の左右の脇士なり。例せば世の王の両臣の如し。此の多宝仏も寿量品の教主釈尊の所従なり。此の土の我等衆生は五百塵点劫より已来教主釈尊の愛子なり。

 

「大日如来・阿弥陀如来・薬師如来等の尽十方の諸仏」は「教主釈尊の所従等」であり、「天月」が「万水に浮かぶ」ようなものである。そして「大日経」「金剛頂経」に示される「両界の大日如来」については、釈尊の所従たる「宝塔品の多宝如来」の更に「左右」に連なる「脇士」に過ぎないのである。

このように「釈尊⇒所従・多宝如来⇒左右の脇士・胎蔵界大日如来と金剛界大日如来」との仏としての上下関係を明らかにしたものを、更に曼荼羅にも反映、示したものが曼荼羅(18)と「日亨本尊鑑」第12番曼荼羅であろうか。

 

さらには、当時の国情、人心も踏まえたものだろうか。

即ち蒙古襲来という国難に当たり、大日如来を崇める真言師が幕府公認で異国調伏の祈祷を行っていたことは日蓮の弟子檀越のみならず、鎌倉市中の民が知っていることである。日蓮はそのような人心を踏まえ、曼荼羅に敢えて両界大日如来を勧請することにより、その仏としての位置付けが法華経信仰の世界では釈尊、多宝如来よりも劣ること、真の異国調伏は妙法を唱える法華経の行者でなければ成し得ないこと、これらを内外に明示したのではないだろうか。 

 

200910月~11月に開催された特別展「鎌倉の日蓮聖人 中世人の信仰世界」(神奈川県立歴史博物館)で拝観。

料紙20紙を貼り継いだ巨大な曼荼羅は、相貌、座配自体は展示ケースに収まっているが、大きすぎて下部まで展示し切れていなかった。

比企谷妙本寺・日朗の手元にあったが、千葉県松戸市平賀の本土寺が開創された時に移されたと伝える。

写真でも分かるが、縦横の折り目がしっかりとついており、持ち運び時は折り畳んでいたことが窺われる。この大きさで、巻いただけで持ち運んだら、特に山間部などは道が整備されていない当時のこと、相当な傷がついていたことだろう。保管時にも折り畳んでいたものか。 

 

(19)

*顕示年月日

正月 日

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 南無十方分身諸仏 南無上行菩薩 南無無辺行菩薩 南無浄行菩薩 南無安立行菩薩 南無文殊薬王等菩薩 南無舎利弗迦葉等 南無梵天帝釈大日天等 南無天照太神正八旛等 南無天台大師 南無伝教大師

*寸法

116.7×43.3cm 4枚継ぎ

*所蔵

京都府京都市左京区東大路二条下ル北門前町 妙伝寺

⇒系年は文永12年か

(25)

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 不動明王 愛染明王

*寸法

41.8×24.8cm 1紙

*備考

・「御本尊集」は、当曼荼羅は「御本尊集」(2)(3)の間に順列すべきであったが、「追加影印した関係上、文永年間の最後尾に奉掲するの止むなきに到ったことは、誠に恐懼に堪えない」とする。

*所蔵

山梨県南巨摩郡身延町大野 本遠寺

⇒系年は文永9年か

(29)

*通称

今此三界御本尊

*讃文

今此三界 皆是我有 其中衆生 悉是吾子

而今此処 多諸患難 唯我一人 能為〔救護〕

*相貌

首題 自署 花押(剝落) 鬼子母神 十羅刹女

*寸法

46.1×32.7cm 1

*所蔵

山梨県南巨摩郡身延町大野 本遠寺

⇒系年は建治元年か。曼荼羅(28)と同じく、由来明示の図顕讃文なし、形態の簡略化、讃文の意からすると「守護曼荼羅・守り本尊」と区分することも可能では。

(43)

*通称

焼残りの御本尊(本能寺)

*讃文

仏滅後二千二百二十 余年之間一閻浮提 之内未曾有大 漫荼羅也

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 南無善徳如来南無上行菩薩 南無無辺行菩薩 南無文殊師利菩薩 南無普賢菩薩 南無弥勒菩薩 南無薬王菩薩 南無舎利弗尊者 不動明王 大梵天王 大持国天王 大広目天王大日天王第六天王 天照太神 正八幡宮 四輪王 南無龍樹菩薩 南無天台大師 南無妙楽大師 南無伝教大師 阿修羅王 鬼子母神 十羅刹女

*寸法

87.3×38.8㎝ 3枚継ぎ

*備考

・本能寺は「焼残りの御本尊」と呼称するも、その理由、時期については不明。織田信長が討たれた「本能寺の変」を意識してのものか。

*所蔵

京都府京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町 本能寺

⇒系年は建治3年か

(90)

*通称

今此三界御本尊

*讃文

今此三界 皆是我有 其中衆生 悉是吾子

而今此処 多諸患難 唯我一人 能為救護

*相貌

首題 自署花押

*寸法

29.7×32.7㎝ 1

*所蔵

京都府京都市山科区御陵大岩 本圀寺

⇒系年は弘安3年か

曼荼羅(28)   (29)   (38)   (39)   (40)   (47)   (49)と同じく、由来明示の図顕讃文なし、形態の簡略化、讃文の意からすると「守護曼荼羅・守り本尊」と区分することも可能では。

◇佐渡期の曼荼羅

*相貌

首題 自署花押 南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 不動明王 愛染明王

*寸法

44.5×27.3cm 1

*日蓮宗新聞・2011620日号

「ご真蹟に触れる」(中尾堯)で紹介される。

記事

佐渡世尊寺に伝来の一紙

曼荼羅本尊はご真蹟

日蓮聖人が数多く揮毫し授与

*所蔵

新潟県佐渡市竹田 世尊寺

 

系年不明の書                                  注法華経