注法華経

「私集最要文注法華経=略して注法華経・十巻」は法華経八巻、無量義経一巻、仏説観普賢菩薩行法経一巻の本経行間、紙背に経釈の要文を注記したもの。

使用された法華三部経板本は春日板(平安時代末期、奈良興福寺から木版で出版されたもの)系統の無刊記の巻刷本、書体等の外見は南都四恩院・心性の開板になる法華経板本に酷似する。

表裏に注記された経論釈は2107章であり、内3章は日興筆と推測される。日蓮自身の解釈は紙上には記されていない。

静岡県三島市玉沢 妙法華寺蔵

 

【 日蓮が注記を行った年代 】

「本化別頭仏祖統記巻三」

1252年・建長4

 

「高祖年譜」「高祖紀年録巻二」「高祖累歳録巻一」「日蓮聖人伝十講」

1255年・建長7

 

「元祖化導記」「日蓮聖人註画讃」「法華霊場記」「別頭高祖伝」

撰集年代は伝えず

 

「日蓮宗年表」

1274年・文永11年頃

 

立正安国会 片岡随喜氏

筆跡より推考すれば身延入山以降の注記

 

稲田海素氏

 

山中喜八氏

(筆跡は)立宗前後の注記とは拝し難い

注法華経の筆跡は、早いもので1272年・文永9年、遅いもので1278年・弘安初年であり、大半は1274年・文永11年から1277年・建治3年に亘る期間のものと推定。

 

【 経典類 】

浄土教関係の典籍

大阿弥陀経一章、観無量寿経二章、観経義疏一章、同正観記一章、浄土群疑論一章、往生捨因一章の計七章。

 

密教関係の経釈

大日経五章、金剛頂経一章、蘇悉地経一章、瑜祇経一章、分別聖位経一章、不空羂索神変真言経一章、方等陀羅尼経一章、威儀形色経一章、観智儀軌一章、一字金輪時処儀軌一章、法華肝心陀羅尼一章、大日経義釈三章、大日経疏三章、金剛頂義訣一章、顕密二経論七章、秘蔵宝鑰一章、法華十不同一章、蘇悉地経疏二章、大日経指帰三章、講演法華儀一章、真言宗教時義七章、菩提心義八章等、計五十二章。

 

日蓮の密教批判は主に佐渡以降に展開されており、化導の次第との関連よりすれば、密教関連の典籍が多く記される注法華経は、やはり佐渡以降の撰集と推測されるか。

 

【 金綱集 】

日蓮一弟子の一人、日向が日蓮より聴聞し、また見聞きしたところにより諸宗破立の大綱を記述、広く経論疏釈を援引したことにより大成した、と伝えられる「金綱集」の引用経釈には、注法華経の注記と同文のものが多い。

 

曼荼羅・系年不明                                  断簡