滅びと再生の物語4

【 光日上人御返事 】

弘安4(1281)88日の「光日上人御返事」(真蹟)では、冒頭より無間地獄の様相を明かしている。

 

◇本文

法華経二の巻に云く「其の人命終して 阿鼻獄に入らん」等云云。阿鼻地獄と申すは天竺の言、唐土・日本には無間と申す。無間はひまなしとかけり。一百三十六の地獄の中に、一百三十五はひま候。十二時の中にあつ(熱)けれども、又すず(涼)しき事もあり。た(堪)へがたけれども、又ゆるくなる時もあり。此の無間地獄と申すは十二時に一時かた時も大苦ならざる事はなし。故に無間地獄と申す。(P1876)

 

意訳

法華経の第二巻、譬喩品第三にいわく

(若しは仏の在世、若しは滅度の後に、其れ斯の如き経典を誹謗することあらん。経を読誦し書持することあらん者を見て、軽賎憎嫉して結恨を懐かん。此の人の罪報を汝今復聴け。)其の人命終して阿鼻獄に入らん。(一劫を具足して劫尽きなば更生れん。是の如く展転して無数劫に至らん)」等。

阿鼻地獄というのは天竺=インドの言葉であり、阿鼻とは唐土=中国、日本においては無間という。無間とは間断無しと書くのである。百三十六有る地獄の中で百三十五の地獄は苦痛を味わうのにまだ、間断がある。十二時=一日中が熱いといっても、まだ涼しい時もある。地獄の苦痛は耐え難いものだが、緩やかになる時もある。しかし、この無間地獄というのは一日中、一時、片時も大苦が途切れることがない。故に無間地獄というのである。

 

 

◇本文

此の地獄は我等が居て候大地の底、二万由旬をすぎて最下の処也。此れ世間の法にも、かろ(軽)き物は上に、重き物は下にあり。大地の上には水あり。地よりも水かろし。水の上には火あり。水よりも火かろし。火の上に風あり。火よりも風かろし。風の上に空あり。風よりも空かろし。人をも此の四大を以て造れり。悪人は風と火と先づ去り、地と水と留まる。故に人死して後、重きは地獄へ堕つる相也。善人は地と水と先づ去り、重き物は去りぬ。軽き風と火と留まる故に軽し。人天へ生るゝ相也。(P1877)

 

意訳

この無間地獄は私達が居住する大地の底・二万由旬をすぎて最も下の処に存在する。世間の法則にも、軽い物は上に、重い物は下にある。大地の上には水がある。大地よりも水は軽いからである。水の上には火がある、水よりも火は軽い。火の上には風があり、火よりも風は軽い。風の上には空があり、風よりも空は軽い。

人間というものも、この「地水火風の四大」を以て造られている。悪人は風と火とがまず去ってしまい、地と水とが留まる。故に人が死んだ後に体が重いのは地獄へ堕ちた相である。善人は地と水という重い物ががまず去っていく。軽い風と火とが留まる故に死んだ時の遺体は軽いのである。これが人界、天界へ生まれる相なのである。

 

 

◇本文

地獄の相重きが中の重きは無間地獄の相也。彼の無間地獄は縦横二万由旬なり。八方は八万由旬なり。彼の地獄に堕つる人々は一人の身大にして八万由旬なり。多人も又此の如し。身のやはらかなる事綿の如し。火のこわ(強)き事は大風の焼亡の如し。鉄の火の如し。(P1877)

 

意訳

地獄の相は重いが、その中で最も重いのは無間地獄の相である。彼の無間地獄は縦横が二万由旬もある。八方は八万由旬ある。彼の無間地獄に堕ちた人々は、一人の身体なのに大きくなって八万由旬ともなってしまう。多人数でも同じことである。身体が柔らかくなることは綿の如しであり、火炎の強いことは大風に吹かれながら焼亡する如しであり、鉄の火のようなものである。

 

 

◇本文

詮を取りて申さば、我が身より火の出づる事十三あり。二の火あり。足より出でて頂をとをる。又二の火あり。頂より出でて足をとをる。又二の火あり。背より入りて胸に出づ。又二の火あり。胸より入りて背へ出づ。又二の火あり。左の脇より入りて右の脇へ出づ。又二の火あり。右の脇より入りて左の脇へ出づ。亦一の火あり。首より下に向ひて雲の山を巻くが如くして下る。此の地獄の罪人の身は枯れたる草を焼くが如し。東西南北に走れども逃げ去る所なし。他の苦は且く之を置く。大火の一苦也。此の大地獄の大苦を仏委しく説き給ふならば、我等衆生聞きて皆死すべし。故に仏委しくは説き給ふ事なしと見えて候。(P1877)

 

意訳

詮じつめていえば、我が身より火の出ることに十三ある。

まず二つの火があり、それは足から出て頭の頂を通り抜ける。

又二つの火があり、それは頭の頂より出て足を通り抜ける。

又二つの火があり、この火は背中より入って胸から出る。

又二つの火があり、この火は胸より入って背中から出る。

又二つの火があり、この火は左脇より入って右脇から出る。

又二つの火があり、この火は右脇より入って左脇から出る。

また一つの火があり、この火は首より下に向って入り雲が山を巻くようにして下りる。

地獄の罪人の身体は枯れた草を焼くようなもので、罪人が地獄の炎から逃れようと東西南北に走りまわったとしても、結局は逃げ去れる所はないのである。

他の苦はしばらく置いておこう、以上は罪人の受ける大火の一苦だけを記したものである。このような大阿鼻地獄の大苦というものを仏が詳しく説いたならば、それを聞く私達衆生は驚き皆死んでしまうことであろう。故に仏は詳しく説くことはない、と見えるのである。

 

無間地獄といえば「後生」に味わうものだが、元軍が国土に攻め込んで蹂躙する様は生き地獄さながらであり、日蓮は当書中で「現生には此の国に修羅道を移し」(P1879)としながらも、その思考には経典に説かれる後生の無間地獄の様相と重なるものがあったのだろう。故に冒頭より凄まじいまでの地獄の有り様を示し、「今日本国の四十五億八万九千六百五十八人の人々は皆此の地獄へ堕ちさせ給ふべし」(P1878)としたのではないだろうか。

このような無間地獄の様相を世の人々に向かって説いたことにより、日蓮は反感を持たれただろうし、その描写も真に迫るものがあるので弟子檀越ら信受の人々も、あまり聞きたいものではなかったことだろう。しかし、日蓮がものごとを明確に言うことは「立正安国論」進呈以来のことであり、文永6(1269)の「法門可被申様之事」(真蹟)では、それでこそ「正直の者」であるとするのである。

 

「法門可被申様之事」本文

但し日本国には日蓮一人計りこそ世間・出世正直の者にては候え。其の故は故最明寺入道に向って、禅宗は天魔のそい(所為)なるべし。のちに勘文もてこれをつげしらしむ。日本国の皆人無間地獄に堕つべし。これほど有る事を正直に申すものは先代にもありがたくこそ。これをもって推察あるべし。それほり外の小事曲ぐべしや。又聖人は言をかざらずと申す。又いまだ顕れざるのちをしるを聖人と申すか。日蓮は聖人の一分にあたれり。此の法門のゆえに二十余所おわれ、結句流罪に及び、身に多くのきずをかおり、弟子をあまた殺させたり。(P455)

 

意訳

ただし、日本国には日蓮一人だけが世間・出世間において正直の者なのである。その故は故最明寺入道=北条時頼に向かって「禅宗は天魔の所為である」と話し、後に勘文=立正安国論を以てこれを告げ知らせたのである。「日本国の人は皆無間地獄に堕ちることであろう」と。これほどのことを正直に言う者は前代にもいなかったことであろう。これを以て推察するべきである。それ以外の小事を曲げて言うことがあるだろうか。また、聖人は言葉を飾らないといわれる。また、未だ現れない後のことを知るのを聖人というのだろうか。日蓮は聖人の一分に当たっているのだ。この法門の故に二十余所を追われ、結局は流罪になり、身には多くの傷を被り、多くの弟子を殺されてしまった。

 

「如かず、彼の万祈を修せんより、此の一凶を禁ぜんには」(P217)と日蓮が「立正安国論」を以て警告して以来、早くも21年が経過してしまった。「日蓮其の身にあひあ()たりて、大兵をを()こして二十余年なり。日蓮一度もしり(退)ぞく心なし」(弁殿尼御前御書・P752 真蹟  文永10[1273]919)と法華弘通の活動は退することなくきたけれども、遂に幕府は諌めを受け入れ用いることなく、いよいよの時、二回目の蒙古襲来となってしまったのである。この時に当たり、日蓮は経典を通して常々思い描いてきた「無間地獄の惨状」というものを、現実の国土の上に投影していたように思うのだ。

 

※地獄

舎論、長阿含経、正法念処経などに地獄の様相が説かれている。

舎論では閻浮提の大地の底、四万由旬を過ぎた最下層に無間地獄があるとされ、その上に向かって一万九千由旬の中に、大焦熱地獄、焦熱地獄、大叫喚地獄、叫喚地獄、衆合地獄、黒縄地獄、等活地獄が重層しているとし、これらを八大地獄と総称する。そして八大地獄のそれぞれに十六の別処=小地獄があり、別処は合わせて128となる。これに八大地獄を足すと136の地獄となる。

 

 

◇「光日上人御返事」に戻り、本文

今日本国の四十五億八万九千六百五十八人の人々は皆此の地獄へ堕ちさせ給ふべし。されども一人として堕つべしとはをぼさず。例せば此の弘安四年五月以前には、日本の上下万民一人も蒙古の責めにあふべしともおぼさざりしを、日本国に只日蓮一人計りかゝる事此の国に出来すべしとしる。(P1878)

 

意訳

今の日本国の四十五億八万九千六百五十八人=四百五十八万九千六百五十八人(この時代の億は現在の十万の位に相当)の人々は、皆この無現地獄へ堕ちることだろう。しかし、その中の誰一人として自分が無現地獄に堕ちるとは思っていない。例えば、この弘安四年五月以前には、日本国の上下万民の内、誰一人として蒙古より攻められるとは思っていなかったのを、日本国の中で日蓮ただ一人だけが、他国侵逼難・蒙古の侵攻がこの国に起こることを予知していたのである。

 

 

◇本文

其の時日本国四十五億八万九千六百五十八人の一切衆生、一人もなく他国に責められさせ給ひて、其の大苦は譬へばほうろく(焙烙)と申す釜に水を入れて、ざつこ(雑魚)と申す小魚をあまた入れて、枯れたるしば(柴)木をたかせむが如くなるべし、と申せばあらおそろしいまいまし打ちはれ、所を追へ、流せ、殺せ、信ぜん人々をば田はたをとれ、財を奪へ、所領をめせ、と申せしかども、此の五月よりは大蒙古の責めに値ひて、あきれ迷ふ程に、さもやと思ふ人々もあるやらん。にがにがしうしてせめたくはなけれども、有る事なればあたりたり、あたりたり。日蓮が申せし事はあたりたり。ばけ(化)物のもの申す様にこそ候めれ。(P1878)

 

意訳

その時に日本国の四百五十八万九千六百五十八人の一切衆生は、一人として残ることなく他国に攻められて、その大苦痛を例えて言えば、「ほうろく(焙烙=炒めものに使う平たい鍋)という釜に水を入れて、そこにざつこ(雑魚)という小魚を数多入れる。それを枯れた柴木で煮炊くようなものである。熱湯で煮込まれる小魚の苦痛と日本国の民の大苦痛は同じなのだ」といったところ、「日蓮は恐ろしいことを言う奴だ。忌々しい彼を打て、在所を追い出せ、流罪せよ、殺してしまえ、日蓮を信じる者の田畑を取り上げてしまえ、財産を奪え、所領を没収せよ」と大変な騒ぎであったが、この五月よりは大蒙古国の攻めに遭い日蓮の警告の的中にあきれ迷うようになり、「本当に日蓮の言うとおりなのかもしれない」と思う人々もいることだろう。苦々しいことであり、責めたくはないが、事実なので予言は当たったのである。日蓮を謗ってきた人々は、日蓮のいうことを化け物がものをいうかのように思っていることであろう。

 

 

日蓮は安房の国の女性信徒「光日尼」に宛てた書状の冒頭より「無間地獄の相」を説き明かし、「日本国の四十五億八万九千六百五十八人の人々は皆此の地獄へ堕ちさせ給ふ」とする。

これまでの日蓮は「無間地獄」に堕ちるということについて、主に念仏などの邪教やその祖師達に信を取る故、五逆罪・誹謗正法・不受法華経の故、違背法華経・捨離釈迦仏の故などとしてきた。これは宗教的観念世界で想像、感受されるものであり、門徒衆個々の内面空間に思い描かれてきたものであったことだろう。それらは後生における世界での話である。蒙古襲来も、その根本原因は「法華経誹謗の科と云ひ、日蓮をいやしみし罰を申し、経と仏と僧との三宝誹謗の大科(P1879)によるものなのだが、戦争である故日常の生活空間を「修羅道」と化し、生きながらにしてさながら「無間地獄の責め苦」を受けるという、現実世界に表出されるものとなってきたのである。そして繰り返すようにして「後生には無間地獄へ行き給ふべし」なのである。生きて地獄、死しても地獄という無間地獄の二重苦ともいうべきか。

それまで日蓮が勧奨してきた法華経の題目は、曼荼羅として実体化されている。宗教世界の教主であった釈迦も、この頃には三界の国主として現実世界を領しているとされて、その位置付けは昇華し、身は観念世界にありながら信仰の上において実体化された。日蓮の晩年に至って教説中の仏と法が具体化されたのだ。そして最後に表されるのは、因果の内の結果が示されること。即ちこれまで日蓮に背いてきた日本国が修羅道となり、無間地獄の様相を呈することになるだろうか。

しかし、その次の段階では、生き残った民が「信仰之寸心を改め」(P226、立正安国論・以下同)「実乗之一善に帰」した時に、「三界は皆仏国也」の仏国土化がなるのである。それでこそ「仏国其れ衰へん哉。十方は悉く宝土也。宝土何ぞ壊れん哉。国に衰微無く土に破壊無くんば、身は是れ安全にして、心は是れ禅定ならん」との、法華経信仰による理想世界の完成になるのである。
(
もちろん、これは「そうならないために」建言したものであった。しかし、今はもう遅い。元軍は侵攻してきたのだ。「今となっては、幾度となく教戒を重ね、警告を促してきたものが実際に起きてしまっているのだ。一旦は亡国である。皆、現実に無間地獄を味わうことになる。他国の賢王の軍勢による戒めが終了した後、再び立正安国を期すしかない」日蓮はこのような思いだったろうか)

 

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