滅びと再生の物語5

【 日蓮遺文における無間地獄の用例 】

これまで見てきたように日蓮の晩年に当たる書状、弘安4(1281)88日の「光日上人御返事」では無間地獄の詳細が説示されている。ところで、この書に至るまで「無間(阿鼻)地獄」はどのように使われていたのだろうか。

かの四箇格言(成立は「法門申しはじめ」よりかなり後、むしろ晩年か)に「念仏無間」とあるように、念仏に向けられたものが多いのは周知のとおりだが、一言すれば「法華経不信・誹謗の者は無間地獄」等の記述も多い。他宗の者からすれば強圧的に聞こえたかもしれないが、それは、日蓮の法華経最第一に対する「信強き」が故であったし、法華経勧奨に身命を賭していた故ともいえるだろう。

また、「国中の疫病は頭破七分也。罰を以て得を推すに、我が門人等は福過十号疑ひ無き者也」(P1299 四信五品抄 建治3[1277]410日 真蹟)とある如く、謗法者を「無間地獄」に誘う力用のある分だけ、正信の者を「未来を論ずれば八十年の布施を超過して五十の功徳を備ふべし。天子の襁褓(むつき)に纏はれて、大龍の始めて生れんがごとし」(同抄 定P1298)との境地に昇華せしめるのが法華経の正法たる所以でもあるだろう。日蓮的には、大罰と大功徳が明確とされている経典が法華経なのである。

以下、日蓮遺文(真蹟・真蹟曽存中心)における「無間地獄」の主な用例を確認してみよう。

 

 

< 念仏 >

正元元年(1259)「守護国家論」(P117 真蹟曽存)

予、我不愛身命但惜無上道之文を瞻る間、雪山常啼之心を起し、命を大乗の流布に替え、強言を吐いて云く 選択集を信じて後世を願わん之人は必ず無間地獄に堕すべし、と。

 

文応元年(1260)528日「唱法華題目抄」(P199 日興筆)

此の四五年の後は選択集の如く人を勧めん者は、謗法の罪によて師檀共に無間地獄に堕つべしと経に見えたりと申す法門出来したりげに有りしを、始めは念仏者こぞりて不思議の思ひをなす上、念仏を申す者無間地獄に堕つべしと申す悪人外道あり、なんどのゝしり候ひしが、念仏者無間地獄に堕つべしと申す語に智慧つきて各選択集を委しく披見する程にげにも謗法の書とや見なしけん。

 

文永元年(1264)1213日「南条兵衛七郎殿御書」(P325 真蹟断片)

法華経をすてて念仏者とならせ給わんは、峯の石の谷へころび、空の雨の地におつるとおぼせ。大阿鼻地獄疑いなし。

 

文永8(1271)713日「行敏御返事」(P496 真蹟断簡)

念仏は無間の業為り[是三]。

 

建治元年(1275)58日「一谷入道御書」(P996 真蹟断片)

念仏を申さん人々は無間地獄に堕ちん事決定なるべし。

 

弘安元年(1278)728日「千日尼御前御返事」(P1543 真蹟)

されば日本国の一切の女人法華経の御心に叶ふは一人もなし。我が悲母に詮とすべき法華経をば唱へずして弥陀に心をかけば、法華経は本ならねばたすけ給ふべからず。弥陀念仏は女人たすくる法にあらず。必ず地獄に堕ち給ふべし。いかんがせんとなげきし程に我が悲母をたすけんために、弥陀念仏は無間地獄の業なり。五逆にはあらざれども五逆にすぎたり。父母を殺す人は其の肉親をばやぶれども、父母を後生に無間地獄に入れず。今日本国の女人は必ず法華経にて仏になるべきを、たぼらかして一向に南無阿弥陀仏になしぬ。悪ならざればすかされぬ。仏になる種ならざれば仏にはならず。弥陀念仏の小善をもつて法華経の大善を失ふ。小善の念仏は大悪の五逆罪にすぎたり。

 

弘安3(1280)12月「諌曉八幡抄」(P1845 真蹟)

我が弟子がをもわく、我が師は法華経を弘通し給ふとてひろまらざる上、大難の来れるは、真言は国をほろぼす・念仏は無間地獄・禅は天魔の所為・律僧は国賊との給ふゆへなり。

 

 

< 不軽菩薩軽毀 >

正元元年(1259)「守護国家論」(P112 真蹟曽存)

不軽軽毀之衆は千劫阿鼻地獄に堕つ。

 

 

< 経典説示=邪見の故 >

正元元年(1259)「守護国家論」(P121 真蹟曽存)

第二に受け難き人身を受け、値い難き仏法に値うと雖も悪知識に値うが故に三悪道に堕することを明かさば。

仏蔵経に云く「大荘厳仏の滅後に五比丘あり。一人は正道を知って多億の人を度し、四人は邪見に住す。此の四人命終して後阿鼻地獄に堕す。仰臥し、伏臥し、左脇に臥し、右脇に臥し、各々九百万億歳なり。乃至 若しは在家・出家の此の人に親近せしもの竝びに諸の檀越、凡そ六百四万億人あり。此の四師と倶に生じ倶に死して大地獄に在って諸の焼煮を受く。大劫若し尽きぬれば是の四悪人及び六百四万億の人、此の阿鼻地獄より他方の大地獄の中に転生す」

 

 

< 毀謗法華経・悪法親近 >

文応元年(1260)「立正安国論」(P226 真蹟)

法華経第二に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」。又同第七の巻不軽品に云く「千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く」涅槃経に云く「善友を遠離し正法を聞かずして悪法に住せば是の因縁の故に沈没して阿鼻地獄に在りて受くる所の身形、縦横八万四千由延ならん」と。

 

 

< 五逆罪・誹謗正法 >

弘長2(1262)「顕謗法抄」(P253 真蹟曽存)

第八に大阿鼻地獄とは、又は無間地獄と申すなり。欲界の最低大焦熱地獄の下にあり。

中略

業因を云わば、五逆罪を造る人、此の地獄に堕つべし。五逆罪と申すは、一に殺父、二に殺母、三に殺阿羅漢、四に出仏身血、五に破和合僧なり。

中略

又謗法の者、此の地獄に堕つべし。

問て云く 五逆罪より外の罪によりて無間地獄に堕ちんことあるべしや。
答て云く 誹謗正法の重罪なり。

 

 

< 行者悪口打擲・謗法に懺悔なし >

佐渡期(12711274、定本は弘長2[1262])「顕謗法抄」(P255 真蹟曽存)

法華経第七に云く「四衆の中に瞋恚を生じて心不浄なるあり、悪口罵詈して言く 是の無知の比丘、或は杖木・瓦石を以て之を打擲すれば乃至千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く」等云云。

此の経文の心は、法華経の行者を悪口し、及び杖を以て打擲せるもの、其の後に懺悔せりといえども、罪いまだ滅せずして、千劫阿鼻地獄に堕ちたり、と見えぬ。懺悔する謗法の罪すら五逆罪に千倍せり。況んや懺悔せざらん謗法においては、阿鼻地獄を出る期かたかるべし。故に法華経第二に云く「経を読誦し書持することあらん者を見て軽賎憎嫉して結恨を懐かん。乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん。一劫を具足して劫尽きなば更生れん。是の如く展転して無数劫に至らん」等云云。

 

 

< 違背法華経 >

文永2(1265)「薬王品得意抄」(P338 真蹟)

此の経の大海に死屍を留めざるとは、法華経に背く謗法の者は極善の人為りと雖も猶お之を捨つ。何に況んや悪人なる之上、謗法をなさん者をや。設ひ諸経を謗ずと雖も、法華経に背かざれば必ず仏道を成ず。設ひ一切経を信ずと雖も法華経に背かば必ず阿鼻大城に堕つべし。

 

 

< 諸経勝法華劣・謗法人師信伏 >

文永3(1266)「善無畏抄」(P410 真蹟断片)

天台大師、釈して云く「法華は衆経を総括す乃至軽慢止まざれば舌口中に爛る」等云云。妙楽大師云く「已今当の妙此に於て固く迷へり。舌爛止まざるは猶お華報と為す。謗法の罪苦長劫に流る」等云云。天台・妙楽の心は法華経に勝れたる経有りと云はむ人は、無間地獄に堕つべきと書かれたり。

中略

一代の聖教を聖道浄土・難行易行・雑行正行に分け、教外別伝なむどのゝしる、譬へば民が王をしえたげ、小河の大海を納むるがごとし。かかる謗法の人師共を信じて後生を願ふ人人は無間地獄脱るべきや。

 

 

< 執心爾前・不受法華経・念仏 >

文永6(1269)「法門可被申様之事」(P445 真蹟)

されば四十余年の経々につきて法華経へうつらず、又うつる人々も彼の経々をすててうつらざるは、三徳備えたる親父の仰せを用いざる人、天地の中にすむべき者にはあらず。この不孝の人の住処を経の次下に定めて云く「若し人信ぜずして 乃至 其の人命終して 阿鼻獄に入らん」等云云。設い法華経をそしらずとも、うつり付かざらむ人々不孝の失疑いなかるべし。不孝の者は又悪道疑いなし。故に仏は入阿鼻獄と定め給いぬ。何に況んや爾前の経々に執心を堅くなして法華経へ遷らざるのみならず、善導が千中無一、法然が捨閉閣抛とかけるはあに阿鼻地獄を脱るべしや。

 

 

< 五逆・謗法 >

文永9(1272)2月「開目抄」(P604 真蹟曽存)

日本・漢土の万国の諸人を殺すとも五逆・謗法なければ無間地獄には堕ちず。余の悪道にして多歳をふ(経)べし。

 

 

< 謗法破折怠惰 >

「開目抄」(P556 真蹟曽存)

日本国に此れをしれる者、但日蓮一人なり。これを一言も申し出すならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来るべし。いわずば慈悲なきににたりと思惟するに、法華経・涅槃経等に此の二辺を合わせ見るに、いわずは今生は事なくとも、後生は必ず無間地獄に堕つべし。いうならば三障四魔必ず競い起こるべしとし(知)ぬ。二辺の中にはいうべし。

 

 

< 一闡提人 >

「開目抄」(P601 真蹟曽存)

詮するところは上品の一闡提の人になりぬれば、順次生に必ず無間地獄に堕つべきゆえに現罰なし。

 

 

< 禅・念仏>

文永9(1272)「祈祷抄」(P685 真蹟曽存)

加之並びに禅宗・念仏等を是れを用いる。此れ等の法は皆未顕真実の権教、不成仏の法、無間地獄の業なり。彼の行人又謗法の者なり。争でか御祈祷叶うべきや。

 

 

< 天災地変・戦乱 >

文永12(1275)216日「新尼御前御返事」(P867 真蹟断片)

大旱魃・大火・大水・大風・大疫病・大飢饉・大兵乱等の無量の大災難並びをこり、一閻浮提の人人各各甲冑をきて弓杖を手ににぎらむ時、諸仏・諸菩薩・諸大善神等の御力の及ばせ給はざらん時、諸人皆死して無間地獄に堕つること、雨のごとくしげからん時、此の五字の大曼荼羅を身に帯し心に存せば、諸王は国を扶け、万民は難をのがれん。乃至後生の大火災を脱るべしと仏記しおかせ給ひぬ。

 

 

< 経典次第浅深迷惑 >

文永12(1275)2(建治3[1277]821)「神国王御書」(P886 真蹟)

今日蓮一代聖教の明鏡をもつて日本国を浮かべ見候に、此の鏡に浮んで候人々は国敵仏敵たる事疑ひなし。一代聖教の中に法華経は明鏡の中の神鏡なり。

中略

設い一経を読誦すとも始め寂滅道場より終り雙林最後にいたるまで次第と浅深とに迷惑せば、その人は我が身も五逆を作らずして無間地獄に入り、此れを帰依せん檀那も阿鼻大城に堕つべし。

 

「神国王御書」(P891)

若し百千に一つ日蓮法華経の行者にて候ならば、日本国の諸人後生の無間地獄はしばらくをく、現身には国を失ひ他国に取られん事、彼の徽宗・欽宗のごとく、優陀延王訖利多王等にことならず。又其の外は或は其の身は白癩・黒癩等の諸悪重病を受け取り、後生には提婆・瞿伽梨等がごとく無間大城に堕つべし。

 

 

< 日蓮降伏 >

文永12(1275)412日「王舎城事」(P915 真蹟曽存)

これは国王已にやけぬ。知んぬ、日本国の果報のつくるしるし(兆)なり。然るに此の国は大謗法の僧等が強盛にいのりをなして、日蓮を降伏せんとする故に、弥弥わざはひ来るにや。其の上名と申す事は体を顕し候に、両火房と申す謗法の聖人鎌倉中の上下の師なり。一火は身に留まりて極楽寺焼けて地獄寺となりぬ。又一火は鎌倉にはなちて御所やけ候ひぬ。又一火は現世の国をやきぬる上に、日本国の師弟ともに無間地獄に堕ちて、阿鼻の炎にもえ候べき先表也。

 

 

< 五逆罪・捨離法華経>

法華経化城喩品第七の大通智勝仏と十六王子の物語

文永12(1275)(または建治2[1276])416日「兄弟抄」(P919 真蹟)

今三周の声聞と申して舎利弗・迦葉・阿難・羅云なんど申す人々は、過去遠遠劫三千塵点劫のそのかみ、大通智勝仏と申せし仏の、第十六の王子にておわせし菩薩ましましき。彼の菩薩より法華経習いけるが、悪縁にすかされて法華経をすつる心つきにけり。かくして或は華厳経へおち、或は般若経へおち、或は大集経へおち、或は涅槃経へおち、或は大日経、或は深密経、或は観経等へおち、或は阿含小乗経へおちなんどしけるほどに、次第に堕ちゆきて後には人天の善根、後に悪におちぬ。かくのごとく堕ちゆく程に三千塵点劫が間、多分は無間地獄、小分は七大地獄、たまたまには一百余の地獄、まれには餓鬼・畜生・修羅なんどに生まれ、大塵点劫なんどを経て人天には生まれ候けり。

されば法華経の第二の巻に云く「常に地獄に処すること 園観に遊ぶが如く 余の悪道に在ること 己が舎宅の如く」等云云。十悪をつくる人は等活・黒縄なんど申す地獄に堕ちて、五百生、或は一千歳を経、五逆をつくる人は無間地獄に堕ちて、一中劫を経て又かえり生ず。いかなる事にや候らん。法華経をすつる人は、すつる時はさしも父母を殺すなんどのように、おびただしくはみえ候わねども、無間地獄に堕ちては多劫を経候。

 

 

< 捨離法華経・仏道退転 >

「兄弟抄」(P920 真蹟) 

されば法華経の第二の巻に云く「常に地獄に処すること 園観に遊ぶが如く 余の悪道に在ること 己が舎宅の如く」等云云。十悪をつくる人は等活・黒縄なんど申す地獄に堕ちて、五百生、或は一千歳を経、五逆をつくる人は無間地獄に堕ちて、一中劫を経て又かえり生ず。いかなる事にや候らん。法華経をすつる人は、すつる時はさしも父母を殺すなんどのように、おびただしくはみえ候わねども、無間地獄に堕ちては多劫を経候。設い父母を一人・二人・十人・百人・千人・万人・十万人・百万人・億万人なんど殺して候とも、いかんが三千塵点劫をば経候べき。一仏・二仏・十仏・百仏・千仏・万仏乃至億万仏を殺したりとも、いかんが五百塵点劫をば経候べき。しかるに法華経をすて候ける罪によりて、三周の声聞が三千塵点劫を経、諸大菩薩の五百塵点劫を経候けることおびただしくおぼえ候。

中略

始めは信じてありしかども、世間のおそろしさにすつる人々かずをしらず。其の中に返って本より謗ずる人々よりも強盛にそしる人々又あまたあり。在世にも善星比丘等は始めは信じてありしかども、後にすつるのみならず、返って仏をほうじ奉りしゆえに、仏も叶い給わず、無間地獄におちにき。此の御文は別してひょうえの志殿へまいらせ候。又太夫志殿の女房・兵衛志殿の女房によくよく申しきかせさせ給うべし。きかせさせ給うべし。

 

 

< 諸経の祖師ら >

文永12(1275)2(建治3[1277]821)「神国王御書」(P889 真蹟)

されば善無畏三蔵は閻魔王にせめられて、針の縄七脈つけられて、からくして蘇りたれども、又死する時は「黒皮隠々として骨其れあらわなり」と申して無間地獄の前相其の死骨に顕し給ひぬ。人死して後ち色の黒きは地獄に堕つとは一代聖教に定まる所なり。金剛智・不空等も又此れをもて知んぬべし。此の人々は改悔は有りと見へて候へども、強盛の懺悔なかりけるか。

 

建治2(1276)721日「報恩抄」(P1226 真蹟)

慈恩大師(中国唐代の法相宗の祖である基[]のこと、窺基[きき]とも呼ぶ)は玄賛と申して法華経をほむる文十巻あり。伝教大師せめて云く「法華経を讃むると雖も還て法華の心を死す」等云云。此等をもつてをもうに、法華経をよみ讃歎する人々の中に無間地獄は多く有るなり。嘉祥(嘉祥大師、中国六朝時代末から唐初期にかけての僧・吉蔵のこと、三論宗教学の大成者)・慈恩すでに一乗誹謗の人ぞかし。弘法・慈覚・智証あに法華経蔑如の人にあらずや。

 

建治3(1277)6月「下山御消息」(P1340 真蹟断片)

又真言宗の元祖善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵等は、親父を兼ねたる教主釈尊法王を立て下して、大日他仏をあがめし故に、善無畏三蔵は閻魔王のせめにあづかるのみならず、又無間地獄に堕ちぬ。汝等此の事疑ひあらば眼前に閻魔堂の画を見よ。金剛智・不空の事はしげければかゝず。

 

 

< 五逆・不孝・誹謗、先生今生謗人決定 >

建治元年(1275)54日「法蓮抄」(P937 真蹟断片)

此の大地の下五百由旬を過ぎて炎魔王宮あり。其の炎魔王宮より下一千五百由旬が間に、八大地獄並びに一百三十六の地獄あり。其の中に一百二十八の地獄は軽罪の者の住処、八大地獄は重罪の者の住処なり。八大地獄の中に七大地獄は十悪の者の住処なり。第八の無間地獄は五逆と不孝と誹謗との三人の住処也。今法華経の末代の行者を戯論にも罵詈誹謗せん人々はおつべしと説き給える文なり。

中略

問て云く 汝が義の如きは我法華経の行者なるを用いざるが故に天変地夭等ありと。法華経第八に云く「頭破れて七分に作ること」。第五に云く「若し人悪み罵らば 口則ち閉塞せん」等云云。如何ぞ数年が間罵とも怨むとも其の義なきや。

答う、反詰して云く。不軽菩薩を毀しし罵詈し打擲せし人は口閉じ、頭破るありけるか、如何。

問う、然者経文に相違する事如何。

答う、法華経を怨む人に二人あり。一人は先生に善根ありて、今生に縁を求めて菩提心を発して、仏になるべき者は或は口閉じ、或は頭破る。一人は先生に謗人也。今生にも謗じ、生生に無間地獄の業を成就せる者あり。是れはのれども口則閉塞せず。譬えば獄に入って死罪に定まる者は、獄の中にて何なる僻事あれども、死罪を行うまでにて別の失なし。ゆり(免)ぬべき者は獄中にて僻事あればこれをいましむるが如し。

問て云く、此の事第一の大事也。委細に承るべし。

答て云く、涅槃経に云く、法華経に云く、云云。

 

 

< 違背法華経・捨離釈迦仏 >

建治元年(1275)58日「一谷入道御書」(P991 真蹟断片)

日蓮是れを見し故に忽ちに菩提心を発して此の事を申し始めし也。世間の人々いかに申すとも信ずることはあるべからず。かへりて死罪流罪となるべしとはかねて知りてありしかども、今の日本国は法華経をそむき釈迦仏をすつるゆへに、後生に阿鼻大城に堕つることはさてをきぬ。今生に必ず大難に値ふべし。所謂他国よりせめきたりて上一人より下万民に至るまで一同の歎きあるべし。譬へば千人の兄弟が一人の親を殺したらんに、此の罪を千に分けては受くべからず。一々に皆無間大城に堕ちて同じく一劫を経べし。此の国も又々是の如し。

 

 

< 経典説示 阿闍世王 >

建治元年(1275)5月「妙一尼御前御消息」(P999 真蹟)

しかるに阿闍世王は摩竭提国の主なり。我が大檀那たりし頻婆舎羅王をころし、我がてきとなりしかば、天もすてて日月に変いで、地も頂かじとふるひ、万民みな仏法にそむき、他国より摩竭提国をせむ。此れ等は偏に悪人提婆達多を師とせるゆへなり。結句は今日より悪瘡身に出でて、三月の七日無間地獄に堕つべし。これがかなしければ、我涅槃せんこと心にかゝるというなり。我阿闍世王をすくひなば、一切の罪に阿闍世王のごとしとなげかせ給ひき。

 

建治2(1276)3月「光日房御書」(P1159 真蹟断片)

阿闍世王は、ひととなり(成)三毒熾盛なり、十悪ひまなし。その上父をころし、母を害せんとし、提婆達多を師として無量の仏弟子を殺しぬ。悪逆のつも(積)りに、二月十五日、仏の御入滅の日にあたりて無間地獄の先相に、七処に悪瘡出生して、玉体しづかならず。大火の身をやくがごとく、熱湯をくみかくるがごとくなりしに、六大臣まいりて六師外道を召されて、悪瘡を治すべきやう申しき。今の日本国の人々の、禅師・律師・念仏者・真言師等を善知識とたのみて、蒙古国を調伏し、後生をたすからんとをもうがごとし。

 

 

< 軽賎憎嫉・懐結恨 >

建治元年(1275)6月「撰時抄」(P1058 真蹟)

伝教大師云く「讃むる者は福を安明に積み、謗る者は罪を無間に開く」等云云。法華経に云く「経を読誦し書持することあらん者を見て軽賎憎嫉して結恨を懐かん。乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」等云云。教主釈尊の金言まことまらば、多宝仏の証明たがわずば、十方の諸仏の舌相一定ならば、今日本国の一切衆生無間地獄に堕ちん事疑ふべしや。

 

 

< 仏誡違背 >

建治元年(1275)712日「高橋入道殿御返事」(P1086 真蹟)

今日蓮日本国に生まれて一切経並びに法華経の明鏡をもて、日本国の一切衆生の面に引き向ひたるに寸分もたがわぬ上、仏の記し置き給ひし天変あり、地夭あり。定んで此の国亡国となるべしとかねてしりしかば、これを国主に申すならば国土安穏なるべくもたづえあきらむべし。亡国となるべきならばよも用ひじ。用ひぬ程ならば日蓮は流罪死罪となるべしとしりて候ひしかども、仏いましめて云く 此の事を知りながら身命ををしみて一切衆生にかたらずば、我が敵たるのみならず、一切衆生の怨敵なり。必ず阿鼻大城に堕つべしと記し給えり。此に日蓮進退わづらひて、此の事を申すならば我が身いかにもなるべし。我が身はさてをきぬ、父母兄弟並びに千万人の中にも一人も随ふものは国主万民にあだまるべし。彼等あだまるゝならば仏法はいまだわきまえず、人のせめはたへがたし、仏法を行ずるは安穏なるべしとこそをもうに、此の法を持つによて大難出来するはしんぬ此の法は邪法なり、と誹謗して悪道に堕つべし。此れも不便なり。又此れを申さずば仏誓に違する上、一切衆生の怨敵なり。大阿鼻地獄疑ひなし。いかんがせんとをもいしかども、をもひ切りて申し出だしぬ。

 

 

< 不信日蓮・法華経 >

建治2(1276 または文永12[1275])111日「清澄寺大衆中」(P1134 真蹟曽存)

就中、清澄山の大衆は日蓮を父母にも三宝にもをもひをとさせ給はば、今生には貧窮の乞者とならせ給ひ、後生には無間地獄に堕ちさせ給ふべし。

中略

大衆も日蓮を心へずにをもはれん人々は、天にすてられたてまつらざるべしや。かう申せば愚痴の者は我をのろう(呪咀)と申すべし。後生に無間地獄に堕ちんが不便なれば申すなり。

中略

法華経と申す御経は別の事も候はず。我は過去五百塵点劫より先の仏なり。又舎利弗等は未来に仏になるべしと。これを信ぜざらん者は無間地獄に堕つべし。

 

 

< 念仏・真言 >

建治2(1276)721日「弁殿御消息」(P1190 真蹟)

伊東の八郎ざゑもん、今はしなの(信濃)のかみ(守)はげん(現)にしに(死)たりしを、いのりいけ(活)て、念仏者等になるまじきよし明性房にをくりたりしが、かへりて念仏者・真言師になりて無間地獄に堕ちぬ。

 

 

< 第三の強敵帰依・大悪法崇敬 >

建治3(1277)6月「下山御消息」(P1325 真蹟断片)

今の代の両火房が法華経の第三の強敵とならずば、釈尊は大妄語の仏、多宝・十方の諸仏は不実の証明也。又経文まことならば、御帰依の国主は現在には守護の善神にすてられ、国は他の有となり、後生には阿鼻地獄疑ひなし。而るに彼等が大悪法を尊まるる故に、理不尽の政道出来す。

 

 

< 爾前執着・行者恥辱 >

建治3(1277)6月「下山御消息」(P1336 真蹟断片)

経文の次第普通の性相の法には似ず。常には五逆七逆の罪人こそ阿鼻地獄とは定めて候に、此れはさにては候はず。在世滅後の一切衆生、阿弥陀経等の四十余年の経々を堅く執して法華経へうつらざらむと、仮令法華経へ入るとも本執を捨てずして彼々の経々を法華経に竝べて修行せん人と、又自執の経々を法華経に勝れたりといはん人と、法華経を法の如く修行すとも法華経の行者を恥辱せん者と、此れ等の諸人を指しつめて其人命終入阿鼻獄と定めさせ給ひし也。

 

 

< 誹謗法華経 >

「下山御消息」(P1341)

今日本国の人々は一人もなく不軽菩薩の如く、苦岸・勝意等の如く、一国万人皆無間地獄に堕つべき人々ぞかし。仏の涅槃経に記して、末法には法華経誹謗の者は大地微塵よりもおほかるべしと記し給ひし是れ也。

 

 

< 真言・禅・念仏 >

「下山御消息」(P1340)

今日本国の人々はたとひ法華経を持ち釈尊を釈尊と崇重し奉るとも、真言宗・禅宗・念仏者をあがむるならば、無間地獄はまぬがれがたし。何に況んや三宗の者共を日月の如く渇仰し、我が身にも念仏を事とせむ者をや。心あらん人々は念仏・阿弥陀経等をば父母・師君の宿世の敵よりもいむべきもの也。

 

 

< 真言 >

文永10(1273)「木絵二像開眼之事」(P793 真蹟曽存)

今真言を以って日本の仏を供養すれば鬼入って人の命をうばう。鬼をば奪命者という。魔入って功徳を奪う。魔をば奪功徳者という。鬼をあがむるゆえに、今生には国をほろぼす。魔をたとむゆえに、後生には無間地獄に堕す。人死すれば魂さり、其の身に鬼神入れ替わって子孫を亡ぼす。餓鬼というは我をくらうという是れ也。

 

 

< 東密・台密 >

建治元年(1275)6月「撰時抄」(P1060 真蹟)

予が分斉として弘法大師・慈覚大師・善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵なんどを法華経の強敵なり、経文まことならば無間地獄は疑ひなし、なんど申すは、裸形にして大火に入るはやすし、須弥山を手にとてなげんはやすし、大石を負ふて大海をわたらんはやすし、日本国にして此の法門を立てんは大事なるべし云云。

 

建治3(1277)99日「兵衛志殿御書」(P1388 真蹟断簡 )

此の大悪法は弘法・慈覚・智証の三大師、法華経最第一の釈尊の金言を破りて、法華経最第二最第三、大日経最第一と読み給ひし僻見を御信用有りて、今生には国と身とをほろぼし、後生には無間地獄に堕ち給ひぬ。

 

弘安3(1280)72(或いは建治元年[1275])「大田殿女房御返事」(P1754 真蹟)

即身成仏と申す法門は、諸大乗経並びに大日経等の経文に分明に候ぞ。爾らばとて彼の経経の人々の即身成仏と申すは、二の増上慢に堕ちて必ず無間地獄へ入り候也。

 

 

< 行者怨恨・行者軽賤 >

建治4(1278)213日「松野殿御返事」(P1442 真蹟断簡)

日蓮何なる大科有りとも法華経の行者なるべし。南無阿弥陀仏と申さばなになる大科有りとも念仏者にて無しとは申しがたし。南無妙法蓮華経と我が口にも唱へ候故に、罵られ、打ちはられ、流され、命に及びしかども、勧め申せば法華経の行者ならずや。法華経には行者を怨む者は阿鼻地獄の人と定む。四の巻には仏を一中劫罵るよりも末代の法華経の行者を罪悪む深しと説かれたり。七の巻には行者を軽しめし人々、千劫阿鼻地獄に入ると説き給へり。

 

 

< 東密、台密、南都、禅宗、念仏、律宗 >

弘安元年(1278)77日「種種物御消息」(P1530 真蹟断簡)

今の天台座主・東寺・御室・七大寺の検校・園城寺の長吏等の真言師竝に禅宗・念仏者・律宗等は、眼前には法華経を信じよむににたれども、其の根本をたづぬれば弘法大師・慈覚大師・智証大師・善導・法然等が弟子也。源にごりぬれば流れきよからず。天くもれば地くらし。父母謀反をおこせば妻子ほろぶ。山くづるれば草木たふるならひなれば、日本六十六ヶ国の比丘比丘尼等の善人等皆無間地獄に堕つべき也。

されば今の代には地獄に堕つるものは悪人よりも善人、善人よりも僧尼、僧尼よりも持戒にて智慧かしこき人々の阿鼻地獄へは堕ち候也。

 

 

< 経と仏と僧との三宝誹謗の大科による蒙古襲来 >

建治2(1276 または文永12[1275])111日「清澄寺大衆中」(P1136 真蹟曽存)

日蓮はいまだつくし(筑紫)を見ず、えぞ(西戎)しらず。一切経をもて勘へて候へばすでに値ひぬ。もししからば、各々不知恩の人なれば無間地獄に堕ち給ふべしと申し候はたはひ候べき歟。

今はよし、後をごらんぜよ。日本国は当時のゆき(壹岐)対馬のやうになり候はんずるなり。其の後、安房の国にむこ(蒙古)が寄せて責め候はん時、日蓮房の申せし事の合ひたりと申すは、偏執の法師等が口すくめて無間地獄に堕ちん事、不便なり、不便なり。

 

弘安4(1281)88日「光日上人御返事」(P1878 真蹟)

今日本国の四十五億八万九千六百五十八人の人々は皆此の地獄へ堕ちさせ給ふべし。されども一人として堕つべしとはをぼさず。例せば此の弘安四年五月以前には、日本の上下万民一人も蒙古の責めにあふべしともおぼさざりしを、日本国に只日蓮一人計りかゝる事此の国に出来すべしとしる。

中略

今御覧ぜよ。法華経誹謗の科と云ひ、日蓮をいやしみし罰を申し、経と仏と僧との三宝誹謗の大科によて、現生には此の国に修羅道を移し、後生には無間地獄へ行き給ふべし。

 

 

以上、「無間地獄」に堕す要因として列挙してきたものを項目別に整理してみよう。

 

◇法華経との関係

不受、毀謗、誹謗、違背、捨離など。

 

◇爾前経との関係

執心・執着、諸経を勝として法華経を劣とする、経典の次第と浅深に迷惑する。

 

◇釈迦との関係

釈迦仏を捨離する、仏の誡めに違背する。

 

◇法華経の行者との関係

法華経の行者を悪口打擲する、日蓮を降伏せんとする、日蓮と法華経への不信、行者に対して軽賎憎嫉して結恨を懐く、行者に怨恨を懐き恥辱する。

 

◇諸宗の僧とその説示との関係

第三の強敵に帰依して大悪法を崇敬する、謗法の人師に信伏する、悪法に親近する。

 

◇信仰教誡

仏道を退転する、謗法への破折が怠惰、謗法をしても懺悔しない、五逆罪を犯す、一闡提人となる。

 

◇他

経典引用、蒙古襲来による一国修羅道と無間地獄。

 

これらを一言で言えば、無間地獄に堕ちる主要因としては法華経と題目、それを勧奨する日蓮に対する受け手側の認識・反応と信不信、行動を基軸として他経への信仰によるものが挙げられ、仏との関係、経典説示もあり晩年には蒙古襲来による修羅道に次ぐものとして描かれている、といえるだろうか。

 

「無間地獄」引用の展開を追うと、正元元年(1259)に著された「守護国家論」の「選択集を信じて後世を願わん之人は必ず無間地獄に堕すべし」(P117)に示されるように念仏破折に際して多く用いられ、それが次第に他経の信仰にも及んでいくようになる。日蓮と弟子檀越による法華勧奨の活発化、他宗の勢力による迫害の激化は日蓮と一門の法華経信仰の内実を固めさせたことだろうし、同時に不信・誹謗をなすことに対しての教誡、また臆して退することへの戒めも「無間地獄」を引用しながら直接的な厳しい表現となっていく。特に「安州の日蓮は恐らくは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通せん。三に一を加へて三国四師と号()づく(文永10[1273]511日「顕仏未来記」定P743 真蹟曽存)と、自己の法華経弘通者としての境地を画した佐渡期以降には、その引用回数が増えていくのである。

 

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