観心本尊抄一考 1・2・3

1 法本尊と仏本尊・曼荼羅と仏像

本文

便宜上、引用文(該文)(1)(3)の三つに分ける。

 

(1)此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字に於いては仏猶文殊・薬王等にも之を付属し給わず。何に況んや其の已下をや。但地涌千界を召して、八品を説いて之を付属し給う。

其の本尊の為体(ていたらく)、本師の娑婆の上に宝塔空に居()し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏。釈尊の脇士は上行等の四菩薩。文殊・弥勒等の四菩薩は眷属として末座に居し、迹化・他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月郷を見るが如し。十方の諸仏は、大地の上に処したまう。迹仏・迹土を表する故也。是の如き本尊は在世五十余年に之無し。八年の間、但、八品に限る。(2)正像二千年の間、小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為し、権大乗並びに涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊・普賢等を以て脇士と為す。此れ等の仏を正像に造り画けども未だ寿量の仏有(ましま)さず。末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか。

(3)問う、正像二千余年の間、四依の菩薩並びに人師等、余仏、小乗・権大乗・爾前・迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども、本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば、三国の王臣倶に未だ之を崇重せざる由、之を申す。此の事、粗(ほぼ)之を聞くと雖も、前代未聞の故に耳目を驚動し、心意を迷惑す。請う、重ねて之を説け。委細に之を聞かん。(P712)

 

※当抄全体30番問答のうち(1)(2)20番問答に、(3)21番問答に該当する。

 

◇文中、「寿量の仏」「此の仏像出現せしむべきか」「本門寿量品の本尊並びに四大菩薩」とはどのような意味なのだろうか?

 

上記の引用文を「曼荼羅本尊(法本尊)と仏像本尊([]本尊)を説示した」とする読み方、「曼荼羅本尊のみを説示した」とする読み方、解釈の異なる二つの読み方をみてみよう。

 

2 「曼荼羅本尊と仏像本尊を説示」の解釈

            安房 小湊
            安房 小湊

上記引用文(該文)(1)(3)の区切りの通り、順に確認していく。

 

(1)ここでは、まず曼荼羅本尊を説示している。

 

本文

此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字に於いては仏猶文殊・薬王等にも之を付属し給わず。何に況んや其の已下をや。但地涌千界を召して、八品を説いて之を付属し給う。

其の本尊の為体(ていたらく)、本師の娑婆の上に宝塔空に居()し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏。釈尊の脇士は上行等の四菩薩。文殊・弥勒等の四菩薩は眷属として末座に居し、迹化・他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如し。十方の諸仏は、大地の上に処したまう。迹仏・迹土を表する故也。是の如き本尊は在世五十余年に之無し。八年の間、但、八品に限る。

 

法華経本門の肝心である南無妙法蓮華経の五字については、釈尊は高弟たる文殊師利菩薩・薬王菩薩などにも付属されていない。ましてやそれ以下の菩薩にこれを付属する訳がない。ただ、従地涌出品第十五で地涌千界の菩薩・久遠以来の本化の弟子を召し出されて、嘱累品第二十二までの八品の間に南無妙法蓮華経の五字を付属されたのである。

法華経本門の肝心である南無妙法蓮華経の五字を顕した本尊の姿は、根本の師・教主釈尊常住の浄土である娑婆世界の上に宝塔が虚空にかかり、宝塔中央の妙法蓮華経の左側に釈迦牟尼仏、右側に多宝如来が着座されている。教主釈尊の脇士には本化の弟子たる上行・無辺行・浄行・安立行の四菩薩が並ばれている。文殊師利・普賢・弥勒・薬王等の四菩薩は釈尊の眷属として末座に着かれ、その他の迹化の菩薩、他方の国土から来られた大小の諸菩薩は、万民が大地に伏して雲閣月卿の如き殿上人を見るが如く下より上を仰ぎ見ている。十方世界より来集された分身の諸仏は大地の上に着座されている。これは、十方世界の諸仏は久遠仏の垂迹仏であり、十方世界は久遠仏が常住される娑婆世界の垂迹の国土だからである。このような本尊の姿は釈尊在世の五十余年には全く見られないものであり、法華経説法八年の間でも、ただ、(見宝塔品第十一の後半で虚空会の説法が始まった後)従地涌出品第十五から嘱累品第二十二までの八品の間に限って顕された本尊なのである。

 

 

(2)続いて正像二千年の釈尊に対して、末法に出現する寿量の仏=仏本尊を説示する。

 

本文

正像二千年の間、小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為し、権大乗並びに涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊・普賢等を以て脇士と為す。此れ等の仏を正像に造り画けども未だ寿量の仏有(ましま)さず。末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか。

 

正法・像法二千年の間、小乗の釈尊は迦葉と阿難を脇士として造立され、権大乗並びに涅槃経・法華経迹門等の釈尊は文殊菩薩や普賢菩薩等の迹化を脇士として造立された。これらの仏を正法・像法時代に木像として造り、画像としたけれども、未だ本門寿量品の釈尊を本尊として造立したことはない。末法の時に至って初めて、本門寿量品の釈尊の像が出現するのである。

 

 

(3)前文を受けて問いを設ける中で、末法の「本門寿量品の本尊並びに四大菩薩」=釈尊、上行・無辺行・浄行・安立行の四菩薩の像、即ち「一尊四士」を明示する。

 

本文

問う、正像二千余年の間、四依の菩薩並びに人師等、余仏、小乗・権大乗・爾前・迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども、本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば、三国の王臣倶に未だ之を崇重せざる由、之を申す。此の事、粗(ほぼ)之を聞くと雖も、前代未聞の故に耳目を驚動し、心意を迷惑す。請う、重ねて之を説け。委細に之を聞かん。

 

質問する。正法・像法時代二千余年の間、正法を弘通した四依の菩薩並びに人師等が薬師仏、阿弥陀仏、大日如来などの諸仏を造立して本尊とし、更に小乗教・権大乗教の釈尊や法華経迹門に説かれる始成正覚の釈尊等を造立して本尊とし、それらを安置する寺塔を建立された。しかし、法華経本門寿量品の釈尊を本尊とし、その脇士である四菩薩(一尊四士)を三国=インド・中国・日本の王臣が、いまだこれを崇重した例がないという。このことをほぼ聞いたのだが、前代未聞のことなので耳や目は驚動して、心意は迷い惑わされている。願わくばもう一度、説いてほしい。今度は詳しく聞きたいと思う。

 

◇以上、該文を概ね三つに分けて「(1)曼荼羅・(2)仏像・(3)仏像」と読むのだが、要約すれば、「該文は曼荼羅と一尊四士を説示している」ということになると思う。

 

◇仏像に関する他の読み方として、該文全てが仏像本尊を意味しているとする解釈もある。

「『此の本門の肝心』から『但、八品に限る』までも仏・菩薩の像を意味する記述である」として、「日蓮の真意は、曼荼羅を図表・設計図とし、勧請した諸尊を造立する仏像本尊にある」との読み方もある。

 

3 「曼荼羅本尊を説示」の解釈

       中山 法華経寺 聖教殿
       中山 法華経寺 聖教殿

 

 

 

 

(1)「此の本門の肝心」から「八年の間、但、八品に限る。」までは、前記と同じく曼荼羅本尊を説示している。

  

 

 

 

 

(2)「寿量の仏」「此の仏像」を「曼荼羅」と読む。

 

本文

正像二千年の間、小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為し、権大乗並びに涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊・普賢等を以て脇士と為す。此れ等の仏を正像に造り画けども未だ寿量の仏有(ましま)さず。末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか。

 

正法・像法二千年の間、小乗の釈尊は迦葉と阿難を脇士として造立され、権大乗並びに涅槃経、法華経の迹門等の釈尊は文殊菩薩や普賢菩薩等を脇士として造立された。これらの仏を正法・像法時代には像として造り、画像としたけれども、未だ本門寿量品の釈尊=曼荼羅は存在しない。末法の時に至って初めてこの本門寿量品の仏像=曼荼羅が出現するのである。 

 

(3)「本門寿量品の本尊並びに四大菩薩」を「四菩薩を眷族とした本門寿量品の本尊=曼荼羅本尊」と読む。

 

本文

問う、正像二千余年の間、四依の菩薩並びに人師等、余仏、小乗・権大乗・爾前・迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども、本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば、三国の王臣倶に未だ之を崇重せざる由、之を申す。此の事、粗(ほぼ)之を聞くと雖も、前代未聞の故に耳目を驚動し、心意を迷惑す。請う、重ねて之を説け。委細に之を聞かん。

 

質問する。正法・像法時代二千余年の間、正法を弘通した四依の菩薩並びに人師等が薬師仏、阿弥陀仏、大日如来などの諸仏を造立して本尊とし、更に小乗教・権大乗教の釈尊や法華経迹門に説かれる始成正覚の釈尊等を造立して本尊とし、それらを安置する寺塔を建立された。しかし、四菩薩を眷族とした本門寿量品の本尊=曼荼羅本尊を三国=インド・中国・日本の王臣が、いまだこれを崇重した例がないという。このことをほぼ聞いたのだが、前代未聞のことなので耳や目は驚動して、心意は迷い惑わされている。願わくばもう一度、説いてほしい。今度は詳しく聞きたいと思う。

 

以上が「訳文」だが、曼荼羅本尊信仰圏の解釈では、

 

文中の「正像二千年の間の本尊」の「造り画けども」という表現と、「末法の仏像」の「出現」という語句を対比するべきである。「此の仏像出現せしむべきか」の意味は、後の「此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為()す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。」の「出現」と同じく、仏像の造立という意味ではなく、現実に現れるということを示されているのだ。この文意は、末法に地涌千界が出現して、「本門の釈尊」を脇士とする未曾有の本尊が顕されることを明かされたものなのである。

 

というものがある。

 

これでは、分かるような、分からないような「解釈」である。「解釈の解説」が必要とも思えてくる。「造り画けども」という表現と、「末法の仏像」の「出現」という語句を対比して、どうして「造り画くのだから仏像」であり、「出現するのだから曼荼羅」となるのだろうか。また、「地涌千界」が「出現」で、「仏像」も「出現」だと、「仏像」が「曼荼羅」となるのは何故なのか?「出現するのは仏像=曼荼羅ではなく、仏像そのもの」でも解釈は成り立つのである。というか、普通に読めば「仏像」は木製などの仏像である。当該文をそのまま読めば、そうなるだけの話である。

 

また、「現実に現れるということを示されていると拝す」れば、何故に「此の仏像」が曼荼羅となってしまうのか。これも「仏像が現実に現れるということを示されていると拝」してもいいのである。

 

引用の「此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為()す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし」との文についても、私は「此の時、地涌千界出現して、本門の釈尊の脇士と為()りて、一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし」との読み方が本来と考えている一人であり、論争の的となっている文に、更に別の論争渦中の文を持ってくるのでは、自説の補強、援用とはならないといえる。

 

やはり、「此の仏像出現せしむ可きか」を「此の曼荼羅出現せしむ可きか」と読むのは、相当な無理があるのではないか。このような読み方は現在の宗旨、宗派に依って立つが故であり、長年培われた宗派的思考ならではのものであると思う。

 

前のページ                                  次のページ