釈迦仏・法華経・日蓮・曼荼羅 10

*法華経の御宝前

弘安元年10月21日「初穂御書」(真蹟断片)

石給ひて御はつを(初穂)たるよし。法華経の御宝前へ申し上げて候。かしこまり申すよし、げざん(見参)に入らさせ給ひ候へ。(P1592)

 

*財を三宝に供養し給ふ

弘安元年11月29日「兵衛志殿御返事」(真蹟断片)

銭六貫文の内一貫次郎よりの分、白厚綿(あつわた)の小袖一領。四季にわたりて財を三宝に供養し給ふ。いづれもいづれも功徳にならざるはなし。(P1604)

 

◇日蓮への供養は「三宝に供養し給ふ」即ち三宝への供養となる、としている。日蓮にとっての三宝とは前記「法華経に申しあげ候ひぬれば、御心ざしはさだめて釈迦仏しろしめしぬらん(P1550)に示されるように仏宝は「釈迦仏」、法宝は「法華経」である。僧宝については法華経の行者を称した自らとの自覚はあったろうが、明言することはなかったようだ。

 

*此皆法華経の御力なり

系年・弘安元年「師子王御書」(真蹟断片)

日蓮は凡夫なり。天眼なければ一紙をもみとを(見透)すことなし。宿命(しゅくみょう)なければ三世を知ることなし。而れども此の経文のごとく日蓮は肉眼なれども天眼・宿命□□□□日本国七百余歳の仏眼の流布せしやう、八宗十宗の邪正、漢土・月氏の論師・人師の勝劣、八万十二の仏経の旨趣をあらあら(粗々)すいち(推知)し□、我が朝の亡国となるべき事、先に此をかんがへて宛(あたか)も符契のごとし。此(これ)皆法華経の御力なり。而るを国主は讒臣(ざんしん)等が凶言ををさ()めてあだをなせしかば、凡夫なれば道理なりとをもいて退する心なかりしかども、度々あだをな□。(P1609)

 

*法華経の御宝前

弘安元年12月21日「十字御書(与堀内某書)」(真蹟)

十字(むしもち)三十、法華経の御宝前につみまいらせ候ひぬ。又すみ二へい()給び候ひ了んぬ。(P1620)

 

*釈尊一体を造立する人は十方世界の諸仏を作り奉る人なり

*教主釈尊をうごかし奉ればゆるがぬ草木やあるべき、さわがぬ水やあるべき

*今教主釈尊を造立し奉れば下女が太子をうめるが如し

*教主釈尊をつくりまいらせ給ひ候へば、後生も疑ひなし

弘安2年2月2日「日眼女釈迦仏供養事」(真蹟曽存)

御守り書きてまいらせ候。三界の主教主釈尊一体三寸の木像造立の檀那日眼女。御供養の御布施、前(さき)に二貫今一貫云云。

法華経の寿量品に云はく「或は己身を説き或は他身を説く」等云云。

東方の善徳仏・中央の大日如来・十方の諸仏・過去の七仏・三世の諸仏、上行菩薩等、文殊師利・舎利弗等、大梵天王・第六天の魔王・釈提桓因王・日天・月天・明星天・北斗七星・二十八宿・五星・七星・八万四千の無量の諸星、阿修羅王・天神・地神・山神・海神・宅神・里神・一切世間の国々の主とある人何れか教主釈尊ならざる。天照太神・八幡大菩薩も其の本地は教主釈尊なり。例せば釈尊は天の一月、諸仏菩薩等は万水に浮ぶる影なり。釈尊一体を造立する人は十方世界の諸仏を作り奉る人なり。譬へば頭をふ()ればかみ()ゆるぐ、心はたら()けば身うごく、大風吹けば草木しづ()かならず、大地うごけば大海さは()がし。教主釈尊をうごかし奉ればゆるがぬ草木やあるべき、さわがぬ水やあるべき。(P1623)

中略

今教主釈尊を造立し奉れば下女が太子をうめるが如し。国王尚此の女を敬ひ給ふ。何に況んや大臣已下をや。大梵天王・釈提桓因王・日月等此の女人を守り給ふ。況んや大小の神祇をや。

昔優(うでん)大王、釈迦仏を造立し奉りしかば、大梵天王・日月等、木像を礼しに参り給ひしかば、木像説いて云はく「我を供養せんよりは優大王を供養すべし」等云云。影堅王の画像の釈尊を書き奉りしも又々是くの如し。法華経に云はく「若し人仏の為の故に諸の形像を建立す。是くの如き諸人等皆已に仏道を成じき」云云。文の心は一切の女人釈迦仏を造り奉れば、現在には日々月々の大小の難を払ひ、後生には必ず仏になるべしと申す文なり。(P1624)

中略

今日眼女は今生の祈りのやう()なれども、教主釈尊をつくりまいらせ給ひ候へば、後生も疑ひなし。二十九億九万四千八百三十人の女人の中の第一なりとを()ぼしめすべし。(P1625)

 

*法華経・十羅刹も御納受あるべし

弘安2年2月28日「孝子御書」(真蹟断簡)

案にたが()ふ事なく親父より度々の御かんだう(勘当)をかうほ()らせ給ひしかども、兄弟ともに浄蔵・浄眼の後身か、将又(はたまた)薬王・薬上の御計らひかのゆへに、ついに事ゆへなく親父の御かんき(勘気)をゆり()させ給ひて、前(さき)に立てまいらせし御孝養、心にまか()せさせ給ひぬるは、あに孝子にあらずや。定めて天よりも悦びをあたへ、法華経・十羅刹も御納受あるべし。(P1626)

 

*臨終の時釈迦仏を見まいらせ

弘安2年3月以降「定・断簡222」(真蹟)

其の上故阿仏房は一心欲見仏の者なり。あに臨終の時釈迦仏を見まいらせ□む。(P2933)

 

*法華経を供養しましませば~釈迦仏は霊山より御手をのべて御頂をなでさせ給ふらん

弘安2年6月20日「松野殿女房御返事」(真蹟断片)

麦一箱・いえのいも一籠・うり一籠等旁(かたがた)の物六月三日に給び候ひしを、今まで御返事申し候はざりし事恐れ入って候。(P1651)

中略

されば女人の御身として、かゝる濁世末代に、法華経を供養しましませば、梵王も天眼を以て御覧じ、帝釈は掌を合はせてをがませ給ひ、地神は御足をいたゞきて喜び、釈迦仏は霊山より御手をのべて御頂をなでさせ給ふらん。(P1652)

 

*法華経は一闡提を仏となし給ふ。いわうや信ずるものをや

弘安2年8月8日「上野殿御返事」(日興本[要検討]大石寺蔵)

鵞目(がもく)一貫・しお一たわら・蹲鴟(いものかしら)一俵・はじ()かみ少々、使者をもて送り給()び了んぬ。(P1653)

中略

漢土(もろこし)に銅山と申す山あり。彼の山よりいでて候ぜに()なれば、一文も千文もみな三千里の海をわたりて来たるものなり。万人皆たま()とおもへり。此を法華経にまいらせさせ給ふ。

釈まなん(摩男)と申せし人のたな()心には石変じて珠となる。金(こん)ぞく()王は沙(いさご)を金(こがね)となせり。法華経は草木を仏となし給ふ。いわうや心あらん人をや。法華経は焼種(しょうしゅ)の二乗を仏となし給ふ。いわうや生種(しょうしゅ)の人をや。法華経は一闡提を仏となし給ふ。いわうや信ずるものをや。事々つくしがたく候。又々申すべし。()

 

*法華経の御宝前に申し上げて候。定めて遠くは教主釈尊~御照覧候ひぬらん

弘安2年9月15日(或は弘安元年)「四條金吾殿御返事(怨嫉大陣既破事)」(真蹟曽存)

銭一貫文給びて、頼基がまいらせ候とて、法華経の御宝前に申し上げて候。定めて遠くは教主釈尊並びに多宝・十方の諸仏、近くは日月の宮殿にわたらせ給ふも、御照覧候ひぬらん。(P1665)

 

                           裾野市 茶畑より
                           裾野市 茶畑より

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