釈迦仏・法華経・日蓮・曼荼羅 12

*法華経の御宝前

*釈迦如来の一代聖教を残りなく読む

弘安3年7月2日「千日尼御返事(阿仏房書)」(真蹟)

鵞目(がもく)一貫五百文・のり(海苔)・わかめ・ほしい(干飯)、しなじなの物給()び候ひ了(おわ)んぬ。法華経の御宝前に申し上げて候。法華経に云はく「若し法を聞く者有らば一(ひとり)として成仏せざること無し」云云。文字は十字にて候へども法華経を一句よみまいらせ候へども、釈迦如来の一代聖教をのこ()りなく読むにて候なるぞ。故に妙楽大師云はく「若し法華を弘むるには凡(およ)そ一義を消するも皆一代を混(こん)じて其の始末を窮(きわ)めよ」等云云。(P1759)

 

*我等は法華経をたのみまいらせて候へば

弘安3年7月2日「上野殿御返事」(真蹟断簡)

(世間が蒙古の影に怯えているのに対し) 我等は法華経をたのみまいらせて候へば、あさ()きふち()に魚のす()むが、天くも()りて雨のふらんとするを、魚のよろこ()ぶがごとし。しばらくの苦こそ候とも、ついにはたの()しかるべし。国王の一人の太子のごとし、いかでか位につかざらんとおぼ()しめ()し候へ。(P1767)

 

*仏前にさゝげて申し上げ候ひ了んぬ

*あを(仰)ぐところは釈迦仏、信ずる法は法華経なり

弘安3年7月13日(或は建治3年)「盂蘭盆御書」(真蹟)

(しらげごめ)一俵・やいごめ(焼米)・うり・なすび等、仏前にさゝげて申し上げ候ひ了んぬ。(P1770)

中略

されば此等をもって思ふに、貴女は治部殿と申す孫を僧にてもち給へり。此の僧は無戒なり無智なり。二百五十戒一戒も持つことなし。三千の威儀一つも持たず。智慧は牛馬にるい()し、威儀は猿猴(えんこう)にに()て候へども、あを()ぐところは釈迦仏、信ずる法は法華経なり。例せば蛇の珠(たま)をにぎり、竜の舎利を戴けるがごとし。(P1775)

中略

あわれいみじき御たから()はもたせ給ひてをはします女人かな。彼の竜女は珠をさゝげて仏となり給ふ。此の女人は孫を法華経の行者となしてみちびかれさせ給ふべし。(P1776)

 

*釈迦仏・法華経に身を入れて候ひしかば臨終目出たく候ひけり

弘安3年9月6日「上野殿後家尼御前御書」(真蹟)

追申。此の六月十五日に見奉り候ひしに、あはれ肝ある者かな、男なり男なりと見候ひしに、又見候はざらん事こそかなしくは候へ。さは候へども釈迦仏・法華経に身を入れて候ひしかば臨終目出たく候ひけり。心は父君と一所に霊山浄土に参りて、手をとり頭を合はせてこそ悦ばれ候らめ。あはれなり、あはれなり。(P1793)

 

*法華経の御宝前に申し上げ候

弘安3年10月23日(或は文永7年)「大豆御書」(真蹟曽存)

大豆一石(こく)かしこまって拝領し了(おわ)んぬ。法華経の御宝前に申し上げ候。一渧(いってい)の水を大海になげぬれば三災にも失せず、一華を五浄によせぬれば劫火(ごうか)にもしぼまず、一豆を法華経になげぬれば法界みな蓮なり。(P1809)

 

*御菩提の御ために法華経一部・自我偈数度・題目百千返唱へ奉り候ひ畢(おわ)んぬ

*唯仏与仏

*仏は此の経にやどり給ふ

*多宝仏と申す仏は~此の経をよむ代には出現し給ふ。釈迦仏・十方の諸仏も亦復かくの如し

弘安3年10月24日「上野殿母尼御前御返事(中陰書)」(真蹟断簡)

南条故七郎五郎殿の四十九日御菩提のために送り給ふ物の日記の事、鵞目(がもく)両ゆ()ひ・白米一駄(いちだ)・芋一駄・すりだうふ(摺豆腐)・こんにゃく・柿一籠(ひとこ)・ゆ()五十等云云。御菩提の御ために法華経一部・自我偈数度・題目百千返唱へ奉り候ひ畢(おわ)んぬ。(P1810)

中略

(そもそも)法華経と申す御経は一代聖教には似るべくもなき御経にて、而も唯仏与仏(ゆいぶつよぶつ)と説かれて、仏と仏とのみこそし()ろしめされて、等覚已下(いげ)乃至凡夫は叶はぬ事に候へ。されば竜樹菩薩の大論には、仏已下はたゞ信じて仏になるべしと見えて候。

法華経の第四法師品に云はく「薬王今汝に告ぐ、我が所説の諸経あり、而も此の経の中に於て、法華最も第一なり」等云云。

第五の巻に云はく「文殊師利、此の法華経は、諸仏如来の秘密の蔵なり。諸経の中に於て最も其の上に在り」等云云。

第七の巻に云はく「此の法華経も亦復是くの如し。諸経の中に於て、最も為()れ其の上なり」と。又云はく「最も為れ照明(しょうみょう)なり。最も為れ其の尊なり」等云云。此等の経文、私の義にあらず、仏の誠言にて候へば定めてよもあや()まりは候はじ。()

中略

(そもそも)いかなれば三世十方の諸仏はあながちに此の法華経をば守らせ給ふと勘へて候へば、道理にて候ひけるぞ。法華経と申すは三世十方の諸仏の父母なり、めのと(乳母)なり、主にてましましけるぞや。かえる()と申す虫は母の音(こえ)を食とす。母の声を聞かざれば生長する事なし。からぐら(迦羅求羅)と申す虫は風を食とす。風吹かざれば生長せず。魚は水をたのみ、鳥は木をすみか()とす。仏も亦かくの如く、法華経を命とし、食とし、すみか()とし給ふなり。魚は水にすむ、仏は此の経にすみ給ふ。鳥は木にすむ、仏は此の経にすみ給ふ。月は水にやどる、仏は此の経にやどり給ふ。此の経なき国には仏まします事なしと御心得あるべく候。(P1814)

中略

仏も又かくの如く、多宝仏と申す仏は此の経にあひ給はざれば御入滅、此の経をよむ代には出現し給ふ。釈迦仏・十方の諸仏も亦復かくの如し。かゝる不思議の徳まします経なれば此の経を持つ人をば、いかでか天照太神・八幡大菩薩・富士千眼大菩薩すてさせ給ふべきとたのもしき事なり。(P1816)

 

*天台大師の御宝前を荘厳し候ひ了んぬ

*昼夜に天に申し候なり

弘安3年11月29日(或は建治2年)「富木殿御返事」(真蹟)

鵞目(がもく)一結(ひとゆい)、天台大師の御宝前を荘厳し候ひ了んぬ。(P1818)

中略

尼ごぜんの御所労の御事、我が身一身の上とをも()ひ候へば昼夜に天に申し候なり。此の尼ごぜんは法華経の行者をやしなう事、灯(ともしび)に油をそ()へ、木の根に土をかさ()ぬるがごとし。願はくは日月天其の命にかわり給へと申し候なり。又をも()いわす()るゝ事もやと、いよ(伊予)房に申しつけて候ぞ。たのもしとをぼしめせ。()

 

*法華経の御宝前に申し上げ候ひ了んぬ

弘安3年12月18日「智妙房御返事」(真蹟)

鵞目(がもく)一貫送り給びて法華経の御宝前に申し上げ候ひ了んぬ。(P1826)

 

*法華経をくやうしまいらせんとをぼしめす御心

弘安4年1月5日「重須殿女房御返事(十字御書)」(真蹟)

今正月の始めに法華経をくやう(供養)しまいらせんとをぼ()しめ()す御心は、木より花のさ()き、池より蓮のつぼみ、雪山のせんだん(栴檀)のひらけ、月の始めて出づるなるべし。今日本国の法華経をかたきとして、わざわい()を千里の外よりまね()き出だせり。此をもってをも()うに、今又法華経を信ずる人はさいわい()を万里の外よりあつ()むべし。影は体より生ずるもの、法華経をかたきとする人の国は、体にかげ()のそ()うがごとくわざわい()来たるべし。法華経を信ずる人はせんだん(栴檀)にかを()ばしさのそなえたるがごとし。(P1857)

 

*釈迦仏を御使ひとして、りゃうぜん(霊山)浄土へまいりあわせ給へ

弘安4年1月13日「上野尼御前御返事」(真蹟)

(上野尼は今は亡き子に)やすやすとあわせ給ふべき事候。釈迦仏を御使ひとして、りゃうぜん(霊山)浄土へまいりあわせ給へ、若有聞法者無一不成仏(にゃくうもんぽうしゃむいちふじょうぶつ)と申して、大地はさゝばはづるとも、日月は地に堕ち給ふとも、しを()はみ()ちひ()ぬ世はありとも、花はなつにならずとも、南無妙法蓮華経と申す女人の、をもう子にあわずという事はなしととかれて候ぞ。いそぎいそぎつとめさせ給へつとめさせ給へ。(P1859)

 

                           西湖より
                           西湖より

前のページ                                  次のページ