釈迦仏・法華経・日蓮・曼荼羅 3

*釈迦如来を以て父と為す

文永9年2月18日「八宗違目抄」(真蹟)

法華宗より外の真言等の七宗並びに浄土宗等は、釈迦如来を以て父と為すことを知らず。例せば三皇已前の人禽獣(きんじゅう)に同ずるが如し。鳥の中に鷦鷯鳥(しょうりょうちょう)も鳳凰鳥(ほうおうちょう)も父を知らず。獣の中には兎も師子も父を知らず。三皇已前は大王も小民も共に其の父を知らず。天台宗よりの外(ほか)真言等の諸宗の大乗宗は師子と鳳凰の如く、小乗宗は鷦鷯(しょうりょう)と兎等の如く、共に父を知らざるなり。(P527)

 

◇日蓮は末法当今の「父」とは「釈迦如来」であることを教示する。

 

*天台宗の本尊

文永9年2月「開目抄」(真蹟曽存)

而るを天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり。(P578)

 

◇「天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり」なのだが、では、その天台宗の本尊は何なのか?これは別項で考えた。

*教主釈尊衣を以て之を覆ひたまはんか

文永9年5月5日「真言諸宗違目」(真蹟)

日蓮流罪に当たれば教主釈尊衣を以て之を覆ひたまはんか。去年九月十二日の夜中に虎口を脱れたるか。「必ず心の固きに仮りて神の守り即ち強し」等とは是なり。汝等努々疑ふこと勿れ、決定して疑ひ有るべからざる者なり。(P641)

 

◇日蓮が流罪されるならば、教主釈尊は衣を以って覆い給う事であろう。(普賢菩薩勧発品第28・是の人は釈迦牟尼仏の衣に覆わるることを為ん)故に去年912日の竜口の虎口を逃れ得たのである。「必ず心の固きに仮りて神の守り即ち強し」(湛然・妙楽大師「止観輔行伝弘決」)とあるのはこのことである。あなた達よ、この事を夢々疑ってはならない。決定して諸天の加護あることを疑ってはならない、と教示する。竜口の首の座という絶体絶命の虎口・・・日蓮は身命に及ぶ事態であればこそ、釈迦仏と共にあり、その教えたる法華経を最後の拠り所とし、実際に釈迦仏によって助けられたとしている。いついかなる時も教主・釈迦仏と共にあった弟子、それが日蓮なのである。

 

◇妙法蓮華経普賢菩薩勧発品第28

普賢、若し是の法華経を受持し読誦し正憶念し修習し書写することあらん者は、当に知るべし、是の人は則ち釈迦牟尼仏を見るなり、仏口より此の経典を聞くが如し。当に知るべし、是の人は釈迦牟尼仏を供養するなり。当に知るべし、是の人は仏、善哉と讃む。当に知るべし、是の人は釈迦牟尼仏の手をもって、其の頭を摩するを為ん。当に知るべし、是の人は釈迦牟尼仏の衣に覆わるることを為ん。

*教主釈尊の御子

文永9年5月25日「日妙聖人御書(楽法梵志書)」(真蹟)

此の妙の珠は昔釈迦如来の檀波羅蜜(だんはらみつ)と申して、身をうえたる虎にか()ひし功徳、鳩にかひし功徳、尸羅波羅蜜(しらはらみつ)と申して須陀摩王(しゅだまおう)としてそらごと(虚言)せざりし功徳等、忍辱仙人(にんにくせんにん)として歌梨王(かりおう)に身をまかせし功徳、能施太子(のうせたいし)・尚闍梨仙人(じょうじゃりせんにん)等の六度の功徳を妙の一字にをさめ給ひて、末代悪世の我等衆生に一善も修せざれども六度万行を満足する功徳をあたへ給ふ。「今此三界、皆是我有、其中衆生、悉是吾子」これなり。

我等具縛の凡夫忽ちに教主釈尊と功徳ひとし。彼の功徳を全体うけとる故なり。経に云はく「如我等無異」等云云。法華経を心得る者は釈尊と斉等なりと申す文なり。譬へば父母和合して子をうむ。子の身は全体父母の身なり。誰か是を諍ふべき。牛王の子は牛王なり。いまだ師子王とならず。師子王の子は師子王となる。いまだ人王天王等とならず。今法華経の行者は「其中衆生、悉是吾子」と申して教主釈尊の御子なり。教主釈尊のごとく法王とならん事難かるべからず。但し不孝の者は父母の跡をつがず。(P644)

 

◇我等凡夫は誰の功徳全体を受け取るのか?

法華経を心得る者は誰と斉等なのか?

法華経の行者とは誰の子たりえるのか?

それは教主釈尊であることを明示すると共に、釈尊の功徳が妙法信解の凡夫に譲与されることについては、翌文永10425日の「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」での「私に会通を加へば本文を黷(けが)すが如し、爾(しか)りと雖も文の心は、釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ。四大声聞の領解に云はく『無上宝聚、不求自得』云云。」(P711)一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹(つつ)み、末代幼稚の頸に懸けさしめたまふ。」(P720)との教示に至るのである。

 

*日蓮賎しき身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来たれり

*教主釈尊は一代の教主、一切衆生の導師なり

*生身の釈迦如来にあひまいらせたり

文永9年「四條金吾殿御返事(梵音声書)」(日興本・北山本門寺)

但し法華経に云はく「若し善男子善女人、我が滅度の後に能く竊(ひそ)かに一人の為にも法華経の乃至一句を説かん。当に知るべし是の人は則ち如来の使ひ如来の所遣として如来の事を行ずるなり」等云云。

法華経を一字一句も唱へ、又人にも語り申さんものは教主釈尊の御使ひなり。然れば日蓮賎(いや)しき身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来たれり。此を一言もそし()らん人々は罪無間を開き、一字一句も供養せん人は無数の仏を供養するにもす()ぎたりと見えたり。

(P664)

中略

教主釈尊は一代の教主、一切衆生の導師なり。八万法蔵は皆金言、十二部経は皆真実なり。無量億劫より以来(このかた)、持ち給ひし不妄語戒の所詮は一切経是なり。いづれも疑ふべきにあらず。但し是は総相なり。別してたづぬれば、如来の金口より出来して小乗・大乗・顕・密・権経・実経是あり。今この法華経は、仏「正直捨方便等乃至世尊法久後要当説真実」と説き給ふ事なれば、誰の人か疑ふべきなれども、多宝如来証明(しょうみょう)を加へ、諸仏舌を梵天に付け給ふ。

(P664)

中略

仏の大梵天王帝釈等をしたがへ給ふ事もこの梵音声なり。此等の梵音声一切経と成りて一切衆生を利益す。其の中に法華経は釈迦如来の御志を書き顕はして此の音声を文字と成し給ふ。

仏の御心はこの文字に備はれり。たとへば種子と苗と草と稲とはか()はれども心はたがはず。釈迦仏と法華経の文字とはかはれども、心は一つなり。然れば法華経の文字を拝見せさせ給ふは、生身の釈迦如来にあ()ひまい()らせたりとおぼしめすべし。此の志佐渡国までおくりつかはされたる事すでに釈迦仏知()ろし食()し畢(おわ)んぬ。実に孝養の詮なり。(P666)

 

◇法華経説教の者は教主・釈迦仏の使い。

日蓮は釈迦仏の勅宣を頂戴して日本国に来っている。

釈迦仏は一代の教主、一切衆生の導師である。

釈迦仏と法華経の文字とは別のものだが、その心は一つである。

法華経の文字を拝見するのは生身の釈迦仏との邂逅である。即ち法と仏とは別にして異ならず、一体であるという法仏一体。

日蓮はこれらを教示するのである。

 

それにしても、「日蓮賎しき身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来たれり」との短い文に、日蓮の宗教的使命感と彼の激しき法華勧奨の生涯を貫いた、人間日蓮の「心の支え」ともいうものが表わされているのではないかと思う。「依法不依人」を強調した日蓮は同時に、「依法不依人」を教えてくれた人・仏といつも共にあったのである。

 

*釈迦仏独り主師親の三義をかね給へり

文永9年「祈祷抄」(真蹟曽存)

而れども仏さまざまの難をまぬ()かれて御年七十二歳、仏法を説き始められて四十二年と申せしに、中天竺王舎城(おうしゃじょう)の丑寅、耆闍崛山(ぎしゃくっせん)と申す山にして、法華経を説き始められて八年まで説かせ給ひて、東天竺倶尸那(くしな)城、跋提(ばっだい)河の辺(ほとり)にして御年八十と申せし、二月十五日の夜半に御涅槃に入らせ給ひき。

而りといへども御悟りをば法華経と説きをかせ給へば、此の経の文字は即釈迦如来の御魂(みたま)なり。一々の文字は仏の御魂なれば、此の経を行ぜん人をば釈迦如来我が御眼の如くまぼ()り給ふべし。人の身に影のそ()へるがごとくそはせ給ふらん。いかでか祈りとならせ給はざるべき。(P670)

中略

仏は人天の主、一切衆生の父母なり。而も開導の師なり。(P676)

中略

釈迦仏独り主師親の三義をかね給へり。(P677)

 

◇法華経の文字は即釈迦如来の御魂である。

法華経信行の人には釈迦如来の加護がある。

釈迦仏は人天の主であり、一切衆生の父母、更に開導の師である。

釈迦仏独りに主師親の三義が備わるのである。

日蓮は当書において、このような教示をするのである。

 

「釈尊」「釈迦仏」等、釈迦の名が日蓮遺文には多数記されている。

鎌倉時代の多くの仏教者の中で、釈迦の名を日蓮ほど記した人がいたであろうか。当時の現実世界で眼にするのは、阿弥陀仏、大日如来、薬師如来、観音菩薩、虚空蔵菩薩等、他の仏菩薩ばかりで法華経の教主としての釈迦の姿(木像、画像)を見、釈迦の名を聞くことは少なかったことだろう。そんな仏教界の実態に抗するかのように、「教主へ、教主の本懐とした教えへ」と聞く人、見る人、信じる人を導いたのが祖師・日蓮であった。日蓮は「二千二百二()十余年」の時を超えて、釈迦へ、そして信仰上の久遠仏のもとへと直参し、対話して、その教えを今(鎌倉時代)に生かし続け、それを未来に向けて通わさんとした導師だったと思うのだ。

 

                        沼津市 西浦より
                        沼津市 西浦より

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