釈迦仏・法華経・日蓮・曼荼羅 8

*一身に三徳を備へ給へる仏

建治3年6月「下山御消息」(真蹟断片)

抑釈尊は我等がためには賢父たる上、明師なり聖主なり。一身に三徳を備へ給へる仏の仏眼を以て、未来悪世を鑑み給ひて記し置き給へる記文に云はく「我涅槃の後、無量百歳」云云。仏滅後二千年已後と見へぬ。又「四道の聖人悉く復涅槃せん」云云。付法蔵の二十四人を指すか。「正法滅後」等云云。像末の世と聞こえたり。(P1319)

中略

心は四十余年の中の観経(かんぎょう)・阿弥陀経・悲華経(ひけきょう)等に、法蔵比丘等の諸菩薩四十八願等を発()こして、凡夫を九品の浄土へ来迎(らいごう)せんと説く事は、且く法華経已前のやすめ言(ことば)なり。実には彼々の経々の文の如く十方西方への来迎はあるべからず。実とおもふことなかれ。釈迦仏の今説き給ふが如し。

実には釈迦・多宝・十方の諸仏、寿量品の肝要たる南無妙法蓮華経の五字を信ぜしめんが為なりと出だし給ふ広長舌なり。我等と釈迦仏とは同じ程の仏なり。釈迦仏は天月の如し、我等は水中の影の月なり。釈迦仏の本土は実には裟婆世界なり。天月動き給はずば我等もうつるべからず。此の土に居住して法華経の行者を守護せん事、臣下が主上を仰ぎ奉らんが如く、父母の一子を愛するが如くならんと出だし給ふ舌なり。(P1337)

 

*教主釈尊は日本国の一切衆生の父母なり、師匠なり、主君なり

*釈迦如来の御使ひ日蓮聖人

建治3年6月25日「頼基陳状(三位房龍象房問答記)(龍象問答抄)」(再治本写本・未再治本写本 北山本門寺蔵)

所謂「今此の三界は皆是我が有なり。其の中の衆生は悉く是吾が子なり」文。文の如くば教主釈尊は日本国の一切衆生の父母なり、師匠なり、主君なり。阿弥陀仏は此の三の義ましまさず。而るに三徳の仏を閣(さしお)いて他仏を昼夜朝夕に称名し、六万八万の名号を唱へまします。あに不孝の御所作にわたらせ給はずや。

弥陀の願も、釈迦如来の説かせ給ひしかども終にくひ返し給ひて、唯我一人と定め給ひぬ。其の後は全く二人三人と見え候はず。随って人にも父母二人なし。何れの経に弥陀は此の国の父、何れの論に母たる旨見へて候。観経等の念仏の法門は、法華経を説かせ給はむ為のしばらくのしつらひなり。塔く()まむ為の足代(あししろ)の如し。而るを仏法なれば始終あるべしと思ふ人大僻案(びゃくあん)なり。塔立てゝ後足代を貴ぶほどのはかなき者なり。又日よりも星は明らかと申す者なるべし。此の人を経に説いて云はく「復教詔(きょうしょう)すと雖も而も信受せず、其の人命終して阿鼻獄に入らん」と。

当世日本国の一切衆生の釈迦仏を抛(なげう)って阿弥陀仏を念じ、法華経を抛って観経等を信ずる人、或は此くの如き謗法の者を供養せむ俗男俗女等、存外に五逆・七逆・八虐の罪ををかせる者を智者と渇仰する諸の大名僧並びに国主等なり。「如是展転至無数劫(にょぜてんでんしむしゅこう)」とは是なり。此くの如き僻事(ひがごと)をなまじゐに承りて候間、次()いでを以て申さしめ候。(P1356)

中略

良観房が讒訴(ざんそ)に依りて釈迦如来の御使ひ日蓮聖人を流罪し奉りしかば、聖人の申し給ひしが如く百日が内に合戦出来して、若干(そこばく)の武者滅亡せし中に、名越の公達(きんだち)横死(おうし)にあはせ給ひぬ。是偏に良観房が失ひ奉りたるに候はずや。(P1360)

 

*教主釈尊の御計らひか

*釈迦仏の御計らひ

建治3年7月「四條金吾殿御返事(為法華経不可惜所領事)」(真蹟断片)

設ひ日蓮一人は杖木瓦礫(じょうもくがりゃく)・悪口王難をもしの()ぶとも、妻子を帯せる無智の俗なんどは争(いか)でか叶ふべき。中々信ぜざらんはよかりなん。すへとを(末通)らずしばし(暫時)ならば人にわら()はれなんと不便にをもひ候ひしに、度々の難、二箇度の御勘気に心ざしをあらはし給ふだにも不思議なるに、かくをど()さるゝに二所の所領をすてゝ、法華経を信じとを()すべしと御起請候ひし事、いかにとも申す計りなし。普賢・文殊等なを末代はいかんがと仏思(おぼ)し食()して、妙法蓮華経の五字をば地涌千界の上首上行等の四人にこそ仰せつけられて候へ。只事の心を案ずるに、日蓮が道をたすけんと、上行菩薩貴辺の御身に入りかはらせ給へるか。又教主釈尊の御計らひか。(P1361)

中略

日蓮はながされずして、かまくら(鎌倉)にだにもありしかば、有りしいくさに一定打ち殺されなん。此も又御内にてはあしかりぬべければ釈迦仏の御計らひにてやあるらむ。(P1363)

 

*釈迦仏、法華経の御力なり

建治3年8月21日(或は建治元年)「兵衛志殿御返事」(真蹟)

今の代は他国にうば()われんとする事、釈尊をいるが()せにする故なり。神の力も及ぶべからずと申すはこれなり。

各々二人はすでにとこそ人はみしかども、かくいみじくみへさせ給ふは、ひとへに釈迦仏、法華経の御力なりとをぼすらむ。又此にもをもひ候、後生のたの()もしさ申すばかりなし。此より後もいかなる事ありとも、すこしもたゆ()む事なかれ。いよいよはりあげてせ()むべし。たとい命に及ぶとも、すこしもひるむ事なかれ。(P1371)

 

*(日蓮)教主釈尊の御使ひ

建治3年9月9日「兵衛志殿御書」(真蹟断簡)

今度は又此の調伏三度なり。今我が弟子等死したらん人々は仏眼をもて是を見給ふらん。命つれなくて生きたらん眼(まなこ)に見よ。国主等は他国に責めわたされ、調伏の人々は或は狂死、或は他国或は山林にかく()るべし。教主釈尊の御使ひを二度までこうぢ(街路)をわたし、弟子等をろう()に入れ、或は殺し或は害し、或は所国をお()ひし故に、其の科(とが)必ず国々万民の身に一々にかゝ()るべし。或は又白癩(びゃくらい)・黒癩(こくらい)・諸悪重病の人々おほ()かるべし。我が弟子等此の由を存ぜさせ給へ。(P1388)

 

*定んで釈迦仏の御前に子細候らん

建治3年9月11日「崇峻天皇御書」(真蹟断簡・真蹟曽存)

竜象と殿の兄とは殿の御ためにはあ()しかりつる人ぞかし。天の御計(はか)らひに殿の御心の如くなるぞかし。いかに天の御心に背かんとはをぼするぞ。設(たと)ひ千万の財をみ()ちたりとも、上にすてられまいらせ給ひては、何の詮かあるべき。已(すで)に上にはをや()の様に思はれまい()らせ、水の器に随ふが如く、こうじ()の母を思ひ老者の杖をたのむが如く、主のとの(殿)を思(おぼ)し食()されたるは法華経の御たすけにあらずや。あらうら()やましやとこそ、御内の人々は思はるゝらめ。と()くとく此の四人かた()らひて日蓮にき()かせ給へ。さるならば強盛に天に申すべし。又殿の故御父御母の御事も、左衛門尉(さえもんのじょう)があまりに歎き候ぞと天にも申し入って候なり。定んで釈迦仏の御前に子細候らん。返す返す今に忘れぬ事は頸切られんとせし時、殿はとも()して馬の口に付きて、な()きかな()しみ給ひしをば、いかなる世にか忘れなん。設ひ殿の罪ふかくして地獄に入り給はゞ、日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給ふとも、用ひまいらせ候べからず。同じく地獄なるべし。日蓮と殿と共に地獄に入るならば、釈迦仏・法華経も地獄にこそをはしまさずらめ。 (P1394)

 

*法華経・十羅刹も知ろし食し候らん

建治4年2月13日「松野殿御返事」(真蹟断簡)

種々の物送り給び候ひ畢(おわ)んぬ。山中のすまゐ(住居)思ひ遣()らせ給ふて、雪の中ふみ分けて御訪(おんとぶら)ひ候事、御志(おんこころざし)定めて法華経・十羅刹も知()ろし食()し候らん。(P1441)

 

*釈迦仏・多宝仏・十羅刹女いかでかまぼらせ給はざるべき

建治4年2月25日「上野殿御返事」(日興本[要検討]大石寺蔵)

此の大王(阿育大王)の過去をたづぬれば、仏の在世に徳勝童子・無勝童子とて二人のをさな()き人あり。土の餅を仏に供養し給ひて、一百年の内に大王と生まれたり。仏はいみじしといゑども、法華経にたい()しまいらせ候へば、蛍火と日月との勝劣、天と地との高下なり。仏を供養してかゝる功徳あり。いわうや法華経をや。土のもちゐをまいらせてかゝる不思議あり。いわうやすゞ(種種)のくだ()物をや。かれはけかち(飢渇)ならず、いまはう()へたる国なり。此をもってをも()ふに、釈迦仏・多宝仏・十羅刹女いかでかまぼ()らせ給はざるべき。(P1450)

中略

いゑ()の内にわづら()ひの候なるは、よも鬼神のそゐ(所為)には候はじ。十らせち(羅刹)女の、信心のぶんざい(分際)を御心みぞ候らむ。まことの鬼神ならば法華経の行者をなやまして、かうべ()われんとをもふ鬼神の候べきか。又、釈迦仏・法華経の御そら()事の候べきかと、ふかくをぼ()しめ()し候へ。(P1451)

 

*御本尊一ぷくかきてまいらせ候

弘安元年4月12日「是日尼御書」(真蹟断簡)

さど(佐渡)の国より此の甲州まで入道の来たりしかば、あらふしぎ(不思議)やとをも()ひしに、又今年来てな()つみ、水くみ、たきぎ()こり、だん()王の阿志仙人(あしせんにん)につかへしがごとくして一月に及びぬる不思議さよ。ふで()をもちてつくしがたし。これひとへに又尼ぎみの御功徳なるべし。又御本尊一ぷくかきてまいらせ候。霊山浄土にてはかならずゆ()きあ()ひたてまつるべし。

 

*法華経供養の功徳かさならば、あに竜女があとをつがざらん

弘安元年5月24日「南条殿女房御返事」(日興本[要検討]大石寺蔵)

八木(はちぼく)二俵送り給び候ひ了んぬ。度々の御志申し尽くし難く候。夫水は寒積れば氷となる。雪は年累(かさ)なって水精となる。悪積れば地獄となる。善積れば仏となる。女人は嫉妬かさなれば毒蛇となる。法華経供養の功徳かさならば、あに竜女があとをつがざらん。山といひ、河といひ、馬といひ、下人といひ、かたがたかんなん(艱難)のところに、度々の御志申すばかりなし。御所労の人の臨終正念・霊山浄土疑ひなかるべし。(P1504)

 

                       沼津市 戸田 御浜岬より
                       沼津市 戸田 御浜岬より

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