鎌倉と安房国、清澄寺と虚空蔵信仰 2-3

鎌倉幕府第5代執権・北条時頼(嘉禄3年・1227~弘長3年・1263)が南宋の禅僧・蘭渓道隆(建保元年・1213~弘安元年・1278)を開山として、建長5(1253)に創建した建長寺(臨済宗建長寺派)の梵鐘は建長7(1255)221日、物部重光が鋳造。

 

建長七年卯乙二月二十一日

本寺大檀那相模守平朝臣

時頼 謹勧千人同成大器

建長禅寺住持宋沙門道隆謹題

都勧進監寺僧 琳長

大工大和権守物部 重光

 

                         建長寺 仏殿
                         建長寺 仏殿

弘安5(1282) 、第8代執権・北条時宗(建長3年・1251~弘安7年・1284)が南宋の僧・無学祖元(嘉禄2年・1226~弘安9年・1286)を招いて創建した円覚寺(臨済宗円覚寺派)の梵鐘は「洪鐘(おおがね)」と呼ばれ、第9代執権・北条貞時(文永8年・1272~応長元年・1311)を檀那とし、正安3年(130187日、「大和権守物部国光」により鋳造されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

円覚寺鐘 

正安三年八月大檀那平貞時 住持宋西澗子曇 

大工大和権守物部国光

銘文「皇帝万歳 重臣千秋 風調雨順 国泰民安」西澗子曇(せいかんすどん)

 

西澗子曇=南宋の僧(建長元年・1249~嘉元4年・1306)、北条貞時の信任を得て円覚寺、建長寺の住持となる。

 

                            円覚寺 居士林
                            円覚寺 居士林
                             円覚寺より
                             円覚寺より

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