(5)  「災難興起由来」「災難対治抄」

1259年・正元元年の「守護国家論」の翌年、1260年・正元22月の「災難興起由来」(真蹟)は国土の災難発生の原因を論じて退治謗法、帰依法華経を説く論旨から「立正安国論」の草案ともされているが、そこにおいても法華真言を並列表記している。

 

日蓮は文中「疑って云はく、若し爾らば何ぞ選択集を信ずる謗法の者の中に此の難に値はざる者之有りや」(P160)と、法然浄土教信奉者でも国土の天災地変に遭遇することなく無事でいるのはいかなることか、と問いを設ける。この設問に対しては、「答へて曰く、業力の不定なり。現世に謗法を作し今世に報ひ有る者あり」()と業力の不定というものがあり、現世の謗法により今世で報いを受ける者もいるとして法華経、仁王経、涅槃経の文を挙げると共に、生滅を繰り返す過程で順次、業の報いを受けていくとする。

 

次に「疑って云はく、若し爾らば法華真言等の諸大乗経を信ずる者何ぞ此の難に値へるや」()として、法華経真言等の諸大乗経典を信奉する者が何故に災難に遭遇するのか、との問いを設ける。ここで日蓮は「法華真言等の諸大乗経」として一括表現していることに注意を要する。即ち「守護国家論」に見られるように法然浄土教に対すれば、法華も真言も併存しているものなのである。答えとしては金光明経、法華経、摩訶止観を引用して「法華真言等を行ずる者も未だ位深からず」で「先生の謗法の罪未だ尽きず」であったり、信仰において無知、本義に異するところがある故に「此災難を免れ難きか」としている。

 

続く同月の 「災難対治抄」 (真蹟)にも上記と同じく「疑って云はく、若し爾らば法華真言等の諸大乗経を信ずる者は何ぞ此の難に値へるや」(P169)との問いがあり、答えも同様に展開されていく。そして「災難対治抄」は法然浄土教の専修念仏活発化の結果としての比叡山衰微、善神捨国を嘆き、天台宗の僧として比叡山復興を主張していることは前に確認したとおりである。

 

このように「守護国家論」「災難興起由来」「災難対治抄」は一連の展開となっており、これらの書に見られる諸経典を引用しながらの「天災地変の根本原因たる法然浄土教排斥、謗法退治」「正法帰依に依る国土安穏」の主張は、「比叡山復興」「大乗仏教再興」の思想を鮮明にした7月の「立正安国論」へと結実していくのである。

 

前のページ                                  次のページ